ミーオが寝室の扉を開け、一歩中へ入ったとたん。
♪ ようこそミーオ よろしくミーオ〜♪
なかよくしようね〜
♪ よろしく おねがい し〜ます〜♪
全員が、歌で迎え入れてくれました。
ミーオも歌で答えます。
♪ ありがとー みんな こちらこ〜そ〜 ♪
「すごいね、ミーオ。歌が作れるんだね。」
「うん。みんなもありがとう、歓迎の歌、嬉しかった。」
「僕たちの歓迎の歌は、いつも一緒なんだ」
「でも、本当に嬉しかったんだ。ありがとう、リヒャルト。」
「え ? どうして、知ってるの ? 」
「ヴィルクリヒ先生に呼ばれていたから覚えたんだ。」
「あっ、そうか。ありがとう、ミーオ。」
リヒャルトはミーオをしっかり見詰めます。ミーオは一瞬、その瞳の中に吸い込まれていきそ
うになります。・・・と、その時
「僕、フェリックス。よろしく。」
「さっき、シャワーに誘ってくれたね。」
「うん。もう、その事は言わないよ。安心して。」
「ありがとう。ぼく、ミーオ。よろしく。」
団員20名、ローレンツ、エリアス、フラメンコ、トニー…etc.
次々と自己紹介のやり取りが・・・、 名前と顔と、ミーオは頭の中へたたき込んでいきます。
「僕、ラファエル。かけっこが得意 ! 走り出したら止まらないよ。」
「知ってる ! さっき、アンナさんに"ラファエル、廊下は走らないで〜"って、注意されてた。」
一斉に、みんなで大笑いになりました。
「僕、歌も駆け足になるんだ。ヴィルクリヒ先生にリズムをよく取って、"そんなんじゃ、コン
サート出られないよ "って注意されちゃって。」
 すかさず、ミーオは、  
「ぼくもね、3つのテストに合格したら、みんなと舞台に立てるんだ。」
…と、一斉にみんなが驚き顔に !  
フェリックスが代表して、
「それはないよ ! 君は今日入ったばっかりで、6日間しかここにいないんだろう。 先生がいつ
も言ってた。 舞台に立つのが一番って思うのは間違っているって。毎日、毎日の練習が一番!
その結果が舞台だって。 一年間頑張って練習してきたご褒美が、舞台なんだ。」
その言葉を聞いて、ミーオは初めて自分の間違いに気付きました。 そして、"舞台 ! 舞台 !"
と、思っていたことをとても恥ずかしく思いました。
みんなと一緒に6日間、この学校で歌える。それだけで十分 ! ここで思いっきり楽しもう !
そう、思いました。
「合唱はみんなで作っていくもんなんだね。今日入ってきたばかりなのに、舞台で歌うなんて、
欲張りな事を言ってごめんなさい。」
両手を合わせ、頭を下げ、みんなに謝るミーオ…そんな姿に、団員達はかける言葉がありませ
ん。
その時、救世主が現れました。 リヒャルトが、
「僕は、ミーオも一緒に舞台で歌いたいなあ ! さっきね、ヴィルクリヒ先生に余りのプリント
 を返しに行ったんだ。扉の前でアンナさん、うっとりしていた。中から『 きらきら星 』のミ
ーオの声が聴こえてきた。とっても丁寧に、心を込めて、美しいソプラノ。僕もうっとりして
いて聴いてしまった。この子と一緒に歌が歌える! 嬉しいって、思ったよ。」
…と、リヒャルト ファンのフェリックスが、                    
「僕も、一緒に舞台で歌いたい。 ミーオ、可愛いから、お客さん喜んでくれると思う。」
「僕も! 」「僕も ! 」「ミーオ、テスト頑張って。」                 
なんと、全員が応援してくれます。
「ありがとう、みんな。嬉しい。」 ミーオ、とびっきりの笑顔です。
「自己紹介の続きするね。僕、ペーター。パートはソプラノ、僕の憧れはフィリップ ! 目標に
しているんだ。次はフィリップ、ほら。」
金髪で肌の色が真っ白な、少しお兄さんの少年が、自分のベットの横に立ち、ミーオを見詰め
ます。
「はじめまして、ミーオ。僕、フィリップ。ソプラノを歌います。」
ミーオも驚く様な、高くて美しい声。
「美しいソプラノ ! もしかして、ソリストなの ?」
「うん。 超高音部を歌うんだ。コンサートでは、モーツァルトのミサ曲『クレド』後半と、シ
ュトラウスの『春のうた』最初の所、独唱するんだ。ミーオもソプラノ高い声、出そうだね。」
「うん。明日ね、校長先生のピアノ借りて一人で練習するんだ。フィリップ、一緒に合わせてみ
ない ?」
「やろう ! すごく、楽しそう。」
ミーオは全員を見渡し、「みんな、ぼくに優しくしてくれて、ありがとう。 でも、あと一人
名前を聞けてないお友達がいる。」
それは、 ミーオの隣のベッドの少年。肩で息をして、チクチクまばたきを繰り返しています。
「ぼ ぼく…、マ…マグヌス。」
フィリップが、「マグヌス、恥ずかしがり屋なんだ。上がり症だし。だのに、ヴィルクリヒ先
生注意してばっかり。マグヌス、よけい緊張して歌えなくなるのに…」
ミーオはマグヌスの顔をのぞき込み、「マグヌスの灰色の瞳、とっても綺麗。」
そのとたん、マグヌスの瞬きが止まり、大きな瞳の中にミーオのすみれ色の瞳が映ります。そ
して、ミーオの瞳の中にマグヌスの灰色の瞳が…。
「お父さんが言っていたんだ。瞳の綺麗な男の子の声は、とっても綺麗なソプラノで、歌もとび
っきり上手だよって。 マグヌスの歌、聴かせてほしい。」
「あ…ありがとう ミーオ。明日、き…いて、フィリップと一緒に歌う、ぼ…ぼく。」
どもっているけれど、本当にその声はソプラノで美しかったのでした。

寝室の扉の向こう側で、アンナはそんな少年達の会話を聞いていました。
『ミーオ ミハイロフ、不思議な魅力的な子、ほんの1時間で24人全員の心をとりこにしてしま
った。私も応援するわね。テストに合格して舞台に立てます様に。』
そして、「そろそろ、みんな寝なさい。もう、とっくに10時過ぎているわよ。」
「は〜い。」と、同時に部屋の灯りが消えます。 それぞれにベッドにもぐり込む音が…。  
   ミーオも急いで、パンツのポケットから、容器を取りだし中のクリームをたっぷり手に塗り込
みます。優しいお母さんの、ユリウスのラベンダーの香りがミーオを包み込みます。ずーっと、
緊張していた体…、やっと、ほっとリラックス。ミーオはくたくた、すぐに深い、深い眠りの
世界へ入っていきました。