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アンナは緊張しているミーオを横に置き、
「みんなに紹介するわ。新しいお友達よ。ヴィルクリヒ先生から聞いてくれているかしら ? 今日から
6日間だけ、みんなと歌を歌って お勉強します。」
そして、小さな声で、「さあ、自己紹介しなさい。」 アンナはミーオの肩を優しく擦り、"どうぞ"
っと、合図します。
ミーオも、やっとリラックス。 みんなの方へ一歩足を踏み出します。
全員が、ミーオに注目、そして拍手で迎えてくれました。
ミーオも元気な、大きな声で、
「はじめまして、ミーオ ミハイロフです。 6日間だけの短い間だけれど、よろしくお願いします。」
その、小さくて可愛い体つき、そして高くてよく通る声をした、新しいお友達に少年達は全員、とて
も嬉しそうです。
でも・・・、 突然、中の一人が !
「僕、フェリックス。よろしくね。ちょうど、今からシャワーなんだ ! 良かった。お風呂もあるんだ、
すっごく大きいの。一緒に入ろう ! 」
爆弾発言が、ミーオを襲います。
“ 可愛い子と一緒にお風呂に入りたい ! “ それは、男の子のいだく、悪気のない純粋な欲望なの
でしょうか ? 今日、2回目のドッキリ発言に、ミーオの体は再び硬直します。
でも、大丈夫 ! 今度は、アンナがすぐにフォローしてくれました。
「ごめんなさい、フェリックス…、ミーオね、ヴァイオリンの練習をしなければならないの。毎日行
っているんだけれど、今日出来なくて・・・。16日のコンサートの楽譜を校長先生にいただいて、
それを練習するのよ。」
「分かりました。すごいね、ミーオ ! ヴァイオリン弾きなんだね。コンサートの曲、すっごく、いい
曲ばっかりなんだ。楽しんで練習してね。」
「ありがとう、フェリックス。」
アンナは、ほっとしているミーオに、
「じゃあ、ミーオ。廊下で待っててくれる ? 」
「はい。」
ミーオは、みんなに手を振りバイバイします。 思いっきりの可愛い笑顔で ! その、女の子の様な表
情に少年たちは、うっとり、全員のほっぺがポッと、ピンクに染まりました。
アンナは、少し迷いながら、みんなに話を続けます。
「実はね、ミーオ、背中に大きなやけどの傷痕があるの。ミーオはみんなとお風呂一緒でいいよって
言うんだけれど…、やっぱり、そういう傷って人に見られたくないでしょう。だから、私みんなの後
で入るようにすすめたのよ。みんな、分かってくれる ? 」
「分かるよ。」 「僕も。」 「ミーオ、辛いだろうね。」
「そうね、でもミーオ、いつも笑顔で頑張っているの。 みんなも仲良くしてあげてね。」
「はーい。」 「はい。」・・・・・
廊下に出ると、ミーオが、「ごめんなさい。アンナさん…、嘘つかせちゃった。ぼく、背中にやけど
の傷痕ないのに・・・。」
「でも、これで体の事で、ドキドキしたり、恥ずかしく思う事はなくなるわ。」
アンナはミーオの短い髪を摘まみながら、「こんなに大きな決心をしたあなたの願いを叶えてあげた
い。” 嘘も方便! “ そう、思いましょ。 さあ、音楽ホールに案内するわ。やっと、ヴァイオリン
の練習できるわね。」
アンナは、ホールの大きな扉を開け、ミーオを中へ招き入れました。
「1時間と30分。時間が来たら合図するわね。」そう言って、扉を閉めました。
ホールに一人になったミーオ、 “ どんな曲が入っているんだろう ? ” 校長先生にもらった楽
譜をペラペラめくっていきます。 コンサートは、三部からなっています。 一部『讃美歌』3曲、
二部『みんなが知っている、楽しい曲』 5曲、 三部『ヨハン シュトラウスのワルツとポルカ』3
曲。
讃美歌以外は、ミーオのよ〜く知っている曲 ! 特に、ヨハン シュトラウスの3曲は、スイスの女
学園の音楽の時間に、クララ先生から習ったばっかり。2曲目のポルカ 『雷鳴と稲妻』は雷をシン
バルでバ〜ン ! ! !って、楽しく演奏しました。思わず「♪ふっふっふっ♪」って鼻歌が出てしまい
ました。
「さあ、練習 ! まず、讃美歌から。一曲目 “ デュオン ” の 『サルヴェ レジーナ』 」と、つぶ
やき、ヴァイオリンをかまえ、弾き始めました。
伴奏の楽譜を見ながら、4小節目まで、 正確にリズムを取り何度も繰り返します。先には進まず 何
回も繰り返し 正しいリズムを取り、納得いくまで・・・
でも、どうしてもまだ手が小さく、幼いミーオにとって難しいところが。
そんな時は、無理をせずやさしい音符に書き替えます。
それは、お父さんのアレクセイに教えてもらった方法。
アレクセイは、ミーナが弾きたいけれども難しい曲を編曲して、弾きやすいようになおしてくれまし
た。
難しい指使いを小さな指で無理をして、痛めてはいけない。娘を思う優しさ。
自分に合ったレベルで練習すればいい。
“ 急がば回れ ”その教育方針で、ミーナはヴァイオリンを楽しんで、ゆっくりと、才能を伸ばしてい
くのでした。
「あぁ、お父さんがここに居てくれたらなーぁ ! でも、今は一人。何とかしよう。」
楽譜に自分なりに工夫して手を加えていきます。
そして、次の5小節目へと進むのでした。
最初はたどたどしかった曲の流れも、少しずつなめらかに、大きな1つの曲が出来上がっていきます。
2回、3回 繰り返し、ほとんど空で引けるようになるのに、20分ぐらい。
そしてその後は、頭の中で歌詞をイメージします。 ♪ サルヴェ レジ〜ナ ♪ で 始まる 歌詞…、
頭の中で歌いながら、体で演奏する ミーオの世界 !
そして、一つの曲が完成すると、フゥーッ ・・・ 恍惚状態でしばらく宙を見詰めるのでした。
それは、また一つの曲がミーオの体の中にしみこんだ時なのでした。
「よし ! 」 次の曲へ・・・、 また、同じように繰り返され2曲目が、体の中へしみこんでいきま
す。
讃美歌3曲、題名を見てミーオは「はっ。」と、しました。
モーツァルト作曲ミサ曲『 ハ短調K427 』から〜3曲〜 「キリエ」 「グローリア」 「クレド」
その一曲目「キリエ」・・・ ロシアでいつも、お父さんのアレクセイに歌って聴かせてあげていた
ミサ曲 ! 疲れていたお父さんはその曲を聴くといつも元気になりました。何故なら、ミーナの声に
ユリウスの声を重ねていたから。ミーナは、お父さんを元気に出来るその曲が大好きでした。
ロシアで「キリエ」を教えてくれたのが、リーザという女性。ミーナは彼女から、ピアノと声楽を
物心ついた時からずっと、長く習っていました。
( そのリーザこそ、アレクセイの娘ミーナの命の恩人です。それを語り始めると、とてーも長くなり
ます。詳しくは本編「幸せな家族」でどうぞ。)
ボリシェビキの革命家だったアレクセイに讃美歌は不要なものでした。でも、何故か赤ちゃんミーナ
に歌う子守唄はミサ曲『キリエ』だったのです。ミーナはこの曲を自分でも歌いたくて、リーザに教
えてもらっていたのでした。
特に、美しい調べの三曲目の『クレド』はミーナのお気に入りの曲。 “ 最後の独唱は誰がどんな風
に歌うのかなぁ ? ” 想像が広がります。
ミーオは懐かしいロシアを思い出しながら、モーツァルトの美しいミサ曲、3曲を演奏しました。
「今日の練習はこれで終わり。」と、呟きます。お父さんに買ってもらった、大切なヴァイオリン。
汗と埃を優しく、綺麗に拭き取ってケースに仕舞います。
廊下でアンナの声が、 「ミーオ〜 ! 1時間 30分 よ。 そろそろ終わりにしましょ。」
「は〜い。」
廊下で、アンナは笑顔一杯 ! ずっと、待っていてくれました。
「ミーオ、ヴァイオリンの練習の音色、廊下まで聴こえてきた。うっとりして聞いちゃったわ。いく
つから弾いているの ? 」
「うーん、ずっとずっと小さい時からかな ? いつからか覚えていないんだ。気が付いたらお父さんに
教えてもらっていた。ヴァイオリンの大きさも少しずつ変わっていくんだ。最初はね、もっと小さい
赤ちゃんヴァイオリンだったんだよ。」
ミーオは指をウェーブさせます。「ぼく。ほら、こんなに速く指を動かせるんだ。」
「ほんと、おもしろい。ミーオの手、もみじみたいに可愛い ! 」
「うん。おかしいね、アンナさん。」
楽しいおしゃべりをしながら、アンナはミーオをシャワー室へ案内しました。
びっくりするぐらい大きなお風呂 ! でも、今日は大急ぎでシャワーだけ。
石鹸でアワアワを沢山つくり、体を洗っていき、頭をごしごしした時・・・いつものふさふさの髪が
ないのに、ハッと、しました。ちょっとだけ、悲しい気持ちに。 でも、すぐ両手でガッツポーズ !
“ ぼくは男の子 ” そう、いいきかせ体とあたまを洗い流していきました。
脱衣所に戻ると、新しいパジャマと下着、そしてその隣にみんなとお揃いのセーラー服の制服が !
アンナさんが用意してくれたみたい !
ミーオは、嬉しくて、嬉しくて・・・
体を拭き、パジャマに着替えました。
廊下に出ると、アンナが待っていてくれました。
「アンナさん、水兵さんの形の洋服が置いてあった ! あれ、ぼくの ? 」
「そうよ。セーラー服の制服、みんなとお揃いよ。みんなと同じ部屋は恥ずかしいでしょ。朝も、着
替えはここでなさいね。」
「はい。」 ミーオは今日、はいていたパンツから取り出した、ハンカチとはな紙をセーラー服の上
に、そして小さな容器をパジャマのポケットに入れました。
「もう、お休みの時間よ。」
ミーオは明日の朝まで、アンナとお別れです。
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