アマーリエのアパルトマンの一室は、飾り気のないすっきりした、でも…、とてもさみしい感じの
お部屋でした。
ミーナは丁寧に説明、ユーベルも時々口をはさみます。
アマーリエは真剣に二人の話を聞いてくれました。
「その男性はどんな感じの人だったの ? 」
う〜ん、おじいさんでないけれど、白髪頭なの。お父さんよりずっと年上 ? 神父様、とっても優し
そうな人でした。」
アマーリエは、笑顔でうなずきながら、
「その人の言うことは間違いないわ。 ウィーン少年合唱団になんとか、短期入学できそうよ。
校長先生は、私のお父様のお友達、昔っから私の事もよく知ってくれている。
寮母のアンナは私の親友、音楽の先生ヴィルクリヒはアンナのフィアンセ。
あとは、あなたが本気で男の子になりさえすればの話だけれど。」
「ほんと ? 」
ミーナの目が、輝きます。
アマーリエはミーナの目を見つめ、話を続けました。
「まず、最初、名前…、ミーオ ミハイロフ ? 何だかへんてこな名前だけれど、まぁいいわ。 これ
でいきましょ。」
ミーナとユーベルが顔を見合せ、手を口に当て、クスクスと笑っています。
アマーリエも吹き出しそうなるのを、こらえながら、
「次、言葉使い ! 男の子を演じるのに、一番大切な事、いける ? 」
「大丈夫です。ぼく ! 」
早くも、なりっきっているミーナを見て、ユーベルは、ずっとクスクス笑っています。
アマーリエは、大きく息を吸い、心を落ち着けます。なぜなら、最後の条件は、言いたくなっかたか
ら…、でも、言わなければ !
「最後は、見た目。その髪を切る事、それも思いっきり短くバッサリと。それが出来なければ、あき
らめなさい。」
ミーナの小さな胸は、キューンと、痛みました。
命より大切な私の髪、でも少年合唱団で歌いたい。
お父さんに教えてもっらた、困ったときの答えの出し方、目を閉じて心を静かにして考えてみよう。
ミーナは、目をつむります。
「命より大切な髪を切るという事は死んでしまうという事。そうか ! 一度死んで生まれ変わって男
の子になるのね。 マリアおばさんが言ってた。” 女の子みたい “ って言われて、お母さんは髪を
短く切ったって、お母さんも頑張って男の子になったんだ。私にも出来る。うん ! やってみせる。」
それが、心で決めた答えでした。
ミーナは目を開けて、アマーリエをしっかりと見つめました。
「アマーリエさん、私、髪を切ります。アマーリエさんに切ってもらいたいです。」
「じゃあ、決まりね。のんびりしている暇はないわよ。 ユーベル ! 」
「はい。」
「合唱団の学校へ行って、寮母のアンナに、今から書く手紙を渡して、入学申込書をもらってきて、
そして、ミーナの泊まっているホテルは ? 」
「ホテル ザッハ、3階です。」
「そこへ、持ってきてちょうだい。私もそこへ行ってるから。 そのあとは、え〜っと、ミーナの男
の子の、服、下着、靴下、靴、買ってきて。ミーナはもうすぐ8歳にしては小さいから、ユーベル、
あなたと同じ大きさでいいわ。あなたは、のんびり屋さんだから、特別2時間あげるわ。2時間後には
必ずここに戻って来ること、いいわね ! 」
アマーリエが手紙を書いている間、さっきまでクスクスと笑っていたユーベルは、ミーナの神妙な
顔に掛ける言葉がありませんでした。
でも、その表情は、悲しそうではありません。
決意を固めた、男の子の顔でした。
“ 凄いな、ミーナ ! 泣き虫のぼくには、真似できない。” ユーベルは、そう思いました。
アマーリエは、出来上がった手紙をユーベルに渡し、
「じゃあ、少年合唱団の寮母のアンナよ。分かるわね ? 」
「はい。」
ユーベルは、はりきって出ていきました。
アマーリエはもう半分以上男の子になってきたミーナに、
「私は今からあなたのご両親に説明して了解を得てくるわ。そして、ユーベルのもらってきた申込書
にサインしてもらって、授業料もいただいてこなきゃ ! 少年合唱団員になったら、寮に入るのよ。6
日間、お父さんとお母さんとお別れになるのよ。いいわね !
ジャスト1時間で戻って来るわ。
あなたはその間、綺麗なブロンドの髪とお別れしながら待っていなさい。
女の子のミーナとお別れをして決意をかためておきなさい。
もう、後戻りの出来ない冒険の始まりよ。」
アマーリエはそう言いながら、部屋から出て行きました。
ミーナは一人になりました。
そして自分の顔を鏡に映します。小さな声でつぶやきながら、
「さようなら、私の大切な、大切な髪。」
でも、最初は悲しかった気持ちが少しずつ変わってきました。
この髪がなくなる寂しさよりも、後戻りの出来ない冒険 ? そっちの方が魅力的 !
何だか、わくわくしてきました。
「この髪を短く切れば、冒険が待っている。すご〜い ! 」
そう思いながら1時間ずーぅと、ブロンドの髪を見続けました。

アマーリエはジャスト1時間で帰ってきました。 そして、帰るなり、
「さあ、髪を切るわよ。ケープを付けて、私の前に座りなさい。」
ミーナはもう冷静です。朝、ユリウスにつけてもらった、りぼんの髪ピンを前髪から外し、アマーリ
エの前に、静かに座り目をつむります。
アマーリエはミーナの髪を束で握り、ほとんど根元からハサミをいれます。 ジョキッ !
そして、紙の上に置く音、バサッ !
ジョキッ、バサッ、 ジョキッ、バサッ・・・・・・! 。
その音が繰り返されるたび、ミーナの首を優しく包んでいた、ユリウスと同じ色のブロンドの髪がな
くなっていき、首と肩が、すうすうとひんやりしてきました。
頭に髪が無くなってしまった。ミーナはそう、思いました。
「切り終わったわ、まあ・・・、すっきりしたわね。 切った髪、どうする ? 」
「いらないよ。」
「そうね。」
アマーリエはブロンドの長く美しい髪の束を、丁寧に紙に包み、くずかごへ “ カサ ”
優しく入れられた音が、ミーナの耳にも届きました。
「さようなら、ミーナ。お母さんとお揃いの、長い髪、バイバイ。」
心で、お別れをしました。
「さあ、少年ミーオ ミハイロフの出来上がり、鏡を見て ! 」
渡された鏡を見て、
「丸坊主になっちゃった。」
それが、男の子になったミーオの最初の言葉でした。