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「ユーベル、私、少年合唱団に短期入学する! 今から、男の子になるの。
お手伝い、お願いね。」
「無理だよ、ミーナ。そんなに可愛い女の子なのに。」
「ううん、大丈夫。実はね、私のお母さんね、昔…男の子だったのよ。」
「えっ? あの綺麗なおばさんが!!!…?」
「そうよ。 財産争いに巻き込まれると、女の子でも男の子にならなきゃいけないみたいなのよ。」
「じゃあ、君は女の子だから、財産争いに巻き込まれなかったんだね。」
「うん ! 私のお父さん、革命家だったから。」
「えぇー ?、すごい ! アレクセイおじさん、かっこいい…。」
「革命家の仕事って、命懸けよ。だから、今は私のために、音楽家よ。」
「ぼくのお家は普通だよ。とうさまは音楽家、かあさまはとうさまの普通の奥さん、でも…、ぼくを
産んでかあさま、死んでしまったんだ。」
「私のお母さんはね、男の子だったんだけれど、ロシアへ行ってお父さんと結ばれて女になったのよ。
マリアおばさんが、そう言ってた。ちょっと、変な話でしょ。」
「うん、ミーナの家族って、複雑なんだね。」
「そう、複雑なのよ。私、今は女の子だけれども男の子にもなれると思うの。お母さんの娘だから。」
「じゃあ、その髪も短く切るの?」
「それはいや ! 絶対に ! この長い髪の毛は命より大切なの ! 切るなんて、絶対にしないわ ! ユ
ーベル、着いたわ。ここよ。」
ミーナは昨日の、美容室へやって来ました。
「こんにちは。」
「あっ、待ってたわよ。」
昨日の、お姉さんが写真の準備をして待っていてくれました。
「ユーベル、あなたの男の子の洋服、貸してくれる? ここへ持って来て、私、モデルしているか
ら。」
「分かった。パンツとシャツだね。任しておいて。」
ユーベルは、走って取りに帰りました。
「さあ、始めましょ。ええっと、名前はミーナね。
ミーナ、そのままでも素敵 ! まず、普段の髪型、撮るわよ。」
パシッ! パシッ!
次々と、ミーナの長いブロンドの髪は色々に、結い上げられていきます。
ポニーテール、三つ編みのお下げ、頭のてっぺんにおだんごを作ったり、前髪を編み込んで耳の後ろで
紐でくくり、くるくるっとまとめてピンで留めるちょっと、セクシイな髪型 ! カールをアイロンでの
ばしたストレートヘア、そして最後は、マリー アントワネットの様なお姫様の髪型でした。
可愛いミーナのモデルの写真撮影は、無事終わりました。
「はい、お疲れ様。写真が出来上がったらプレゼント出来るわよ !
それから、頑張ったごほうび、何がいい ? 」
「私、かつらが欲しいのです。男の子の ! 私、それをかぶって、男の子にならなければならないの
です 。」
「いいわよ。ちょっと古いけれど、男の子のかつらがあるわ。」
差し出されたかつらは、黒髪のよれよれの、くしゃくしゃで、おまけに変なにおいがします。
そこへ、ユーベルが帰ってきました。
「ミーナ、お待たせ、ぼくの服、持ってきたよ。」
「あのう、洋服、着替えていいですか?」
「いいわよ、そこの更衣室、使いなさい。」
「はい。」
ミーナはかつらをかぶり、ユーベルの服に着替えました。
「どう ? ユーベル、男の子に見えるでしょ。」
「うん…、 なんか変だけれど…。 それに、臭いよ ! ミーナ、そのかつら。」
二人は、美容室を後にしました。ウィーンの街を二人で歩きます。 ミーナの頭からは、変な臭いが
…。 ユーベルは、顔をしかめます。
…っと、ずーっと遠くから、とびっきりお洒落な女性が歩いてきました。
ユーベルはこそっと、ミーナの耳元で囁きました。
「あの人、アマーリエさん。とうさまの古いお友達。パリに住んでいるんだけれど、ほんの少しだけ
ウィーンに帰ってきてるんだ。いい人だよ。」
「ユーベル、あのお姉さんに、私の事、男友達として紹介して。 ええっと…、名前は、ミーオ ミ
ハイロフ。」
「うん、やってみる。」
「あら、ユーベルじゃなくて? ごきげんよう。 なに ? いやだわ、変な女の子連れてる ! その子
臭いわ。」
「 違うよ。アマーリエさん。男の子だよ。名前は……、ええっと、なんだっけぇ ? 」
「ぼく、ミーオ ミハイロフ 、 はじめまして。」
「何、言ってるの? 男の子がそんな、レースの靴下と、リボンのついた靴、履かなくてよ。腕に素
敵なブレスレットも巻いてるじゃない ? 」
「えっ?」
ミーナはきょとんと、しています。
「はじめまして、わたし、アマーリエ シェーンベルク。あなたの本当のお名前は ? お嬢様のお坊
っちゃま ! 」
そう言いながら、ミーナのかつらをつまみ上げ、優しく、くずかごへ投げ捨てました。
カサッ !
そのとたん、その中から… ブロンドのカールした美しい髪が、ワサッ !と、音をたて、ミーナの首か
ら肩、腰へキラキラ輝きながら、まとわりつきました。
「まあ、ロングヘアーの素敵で可愛い女の子だったんじゃない。」
ミーナはうつ向いて、小さな声で、
「ミーナ ミハイロワです。」
アマーリエは、にっとりと、微笑みながら、
「ミーナ ? 素敵な名前ね…、ドイツ語で愛、そして強い意志を持つ少女。
あなた達二人して、何だか訳ありで、楽しそうな事、たくらんでいるんじゃなくて? わたしも仲間に
入れてくれる?」
「えっ? 協力して下さるんですか?」
「もちろん ! さあ、私のアパルトマンへ行きましょう。」
ミーナの冒険が、目の前に迫って来ました。
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