4、アマーリエ






「あっ ! 」                                           
  ぎゅーっと、握られたその感触……。そして、その瞬間……。
広がる虹のずっと、遠い世界へ。遠い昔の過去の世界へアマーリエは誘われていきました。

もう、何年前?になるのかしら? 人生の意味を問いなおすために。自立もしたかった。
ウィーンを後に一人パリへ。パリはお洒落で美しい、だからずっと好きだったわ。
音楽……美しい調べ、そして芸術。
おとうさまの娘としてここパリでも、いつも芸術にふれていたい!
でも、私は。目でみてすぐ分かる美しいものが好き!
先ず、自分のやりたい事をしようと思った。
絵を観ることが好きだった。自分では描けないけれど。
美術学校? いや、違う! ビジネスに繋げたい。それが学べるところ。
「そう。学校じゃなくていいんだ。画廊? そこへ勤めて見よう。」
カフェに座りながら、ぼーっと、考えていると。
とても気になる女性が、「あぁ。目が離せない! 何故? とびっきりお洒落な訳でもないのに、気になる。そ
んな時は! 声をかけてみよう。」
それが彼女との出逢いだった。小さな画廊のオーナー。
「名前が思い出せない。まぁ、いい。」
即、彼女のお店で働いた。2年間。目を引いたのはやっぱり、絵の好みが一緒だったから? 働いていて気持ち
が良かった。意見が合う! 彼女が仕入れてきた絵を私が勧める。
直ぐに売れた! 思っている以上の金額で。 私が仕入れてきた絵を彼女が勧める。
やはり、同じ。直ぐに売れた! 思っている以上の金額で。
絵画の勉強がしたい。本物を見分ける目、人の心をむさぼりとらえる絵。                
   美術館巡りをした、オークションにも連れていってもらった。
美術の書物を読みあさった。勉強した。たとえ素人が描いた絵であっても、売れる絵、心を動かす絵を見抜
けるようになるために!
絵の世界が広がると、春 夏 秋 冬 季節の移り変わりを体で感じるようになった。
お客様に絵を勧める言葉使いに深みが増していった。
そして、2年が経ち独立を勧められた。いよいよ、独り立ち。体が熱く燃えた。

場所は決めていた。モンマルトル地区、ボヘミアンな街。下町。
お洒落で美しいパリに憧れていた昔の私。もっと違うパリを見つけ生きていこう。
人が行き交う通りに面して、角のビルの二階。出来るだけ、夜も安全な場所を探した。
もちろん、サクレ・クール寺院の、石畳の坂道の見える事!
私にぴったりの所を見付けた時の喜び。一生忘れないと、思う。
ビルの名は“マロニエ”。オーナーは、いかにもパリジェンヌって感じのおばあさま。
私の事も気に入ってくれ、色々アドバイスもしてくれた。
一階はカフェ。気さくな夫婦でのんびりと経営されている。
いつの間にか、お昼はそのカフェでオーナーのおばあさま、ナタリーさんといただくのが、日課となった。
画廊の間取りは、ナタリーさんの紹介でプロの方にお願いした。
女性客が入りやすい感じがいい。私の要求を丁寧に聞いくれた。
少しずつ、現実のものとなっていく、独り立ちの初めてのお仕事。
画廊に絵を搬入し全てを飾り終えた時の、胸の熱くなる想い。
“リビングに、玄関に、寝室にちょっと飾ってみたいなぁ”そんな風に思える絵を選んだ。
“少しだけ背伸びをすれば手が届く”価格にもこだわった。
“高価な絵 ”も 2 〜3 点、豪華な額縁に入れ、ライトを当て飾った。
40点から50点。私が選んだ絵達によって、壁がお洒落にセンスよく飾られた。
画廊の中に流す曲は、クラシック! 開店一日目、“エリック・サティ”? やっぱり、“サン・サーンス”に
しよう!
こんな風にしたい、あんな事もしたい。どんどんアイデアが思い付く。それは必ず実行した。

招待状。一番に書いたのは、お父様とイルゼおばさま。 “ 画廊を始めます。オープンの日、ウィーンから来て欲しい。今、思いっきり幸せ。楽しい。今の私を見て欲しい。 ” 返事は直ぐにきた。 “ 必ず、行きます。 ” 後、ナタリーさん、一階カフェのご夫婦、近所の方々。 メトロのホームの入り口にも頼んで、ポスターを張らせてもらった。 そして、私が一人で始めるお店開業の一日目 ! 快晴のパリの空。 “ 画廊 アマーリエ ” の扉を開けた。 もちろん、最初に足を踏み入れたのは私。そして、お父様、おばさま。ナタリーさんが駆けつけてくれ、一階のカフェのご夫婦。もう ! 中は、身内ばかり ・・・。素直に嬉しい。心が暖かい。この気持ちを大切にずっとやっていこう。 ぽつぽつと、お客様が来られて、ぽつんと絵が売れる。ゆっくりと時が流れる。 一日目、二日目、最後の三日目。結局、お父様もおばさまもずっと画廊の中。パリ見物もしないで帰っていった。 二日目の最後の夜、ナタリーさんも一緒に私のアパルトマンで夕食。 おばさまったら、ナタリーさんに根掘り葉掘り質問攻め ! “ ナタリーさんは、シャンパーニュ地方ワイン農家の生まれ。パリに憧れ、ご主人に廻り合い、息子さんも誕生。そのご主人もずいぶん前に他界、息子さんは志願兵に ” 「何年も連絡がなくて・・・、どうしている事やら。」 まるで、他人事の様に語るナタリーさん 。 ご主人は資産家でビルも土地も沢山相続されたみたい。 「マロニエのビルと、今住んでいるアパート以外は全部売ったのよ。シャンパーニュの実家に仕送りしたわ。恩を売っておけば堂々と老後を面倒みてもらえるでしょ。 もちろん、甥っ子も姪っ子もそんな事しなくても、とってもいい子達よ。」 おばさまは、シャンパンが回り舌が滑らかに。 「この子はわがままなお嬢様で、結婚もうまくいかなくて。でも、私はこの子が可愛くて。」 ナタリーさんは、頷きながら静かに 「貴方の今の画廊。私もずっと昔、そこで画廊していたの。名前は “ マロニエ ” お店を閉じてからはずっと空き部屋。駄々広くってね。 アマーリエさんに借りてもらい、お互い色々知れてよかった。仲良くしていきましょう。 娘の様に愛しい貴方。お嬢さんを、大切に預かりしますわ。」 私も、シャンパンが回ったのかしら、 「お父様、おばさま二人に来てもらい嬉しい。御便りするわ。」 そんな言葉が自然と言えた自分が不思議。 お父様もおばさまも安心してパリを後にした。 それから一年。無理をせず堅実に仕事を勧め、資金を貯め。次の1歩に進む時がきた。 画廊の中の空間を効果的に生かし、暖かい雰囲気を作りたい。 家具を置きたい。まず、真ん中に。ソファーと机 ! それも、売り物として ! この一年。この時のため、下準備を進めてきた。 ずっと気に入っているブロカントの家具屋。自分で使うのではなく、それを商品としたい。 手直ししてくれる工房めぐり。 お客様に自信を持って薦められる商品としてもらうのに、必要な材料費、手間賃。具体的に価格で表してもらい、一件一件自分で納得いく値で取引き出来る工房を探し回った。 これから付き合っていくにあたいする、信用と信頼できる工房を探した。 そして、小さいけれど。私の熱意を理解してくれそうな、良心的な工房にたどり着いた。 一家で細々と営んでいる、小さな家具の直しやさん。 どこにも売っていない、一点物 ! ソファーと机を、画廊の真ん中に。 置いた、一日目。お得意様の奥様が来店。ソファーに座り絵を見渡し・・・、ふっと。 「あら、この素敵なソファーも机も売り物なの ? 今日は絵をやめて、こちらを頂くわ。」 何と、即日に売れた。いける ! と思った。この画廊を安らげる居間の様に改装し、そこに絵を飾る。大きな家具から、小さな雑貨まで全てを売り物に ! 名前は “ 安らぎ アマーリエ ” 絶対に成功させる。時間をかけじっくり取り組んだ。もちろんこれからは、一人では無理 。スタッフを募集。ナタリーさん同席の面接。明るくて、真面目な若い女性2名。 仕事が楽しい ! 苦労し、努力し、勉強し、協力し合う。 年月が流れ、流れ ・・・、パリに来て、5年、6年 ? 私の仕事がもっと大きく膨らむ時が来た。 片手を頭に、もう片手で机をノック。“コンコン コンコン”部屋に鳴り響いています。  
「ユーベルが遅すぎる。いつになったらミーナの結果を知らせに来るんだ。」  
“コンコン”ドアのノックに気が付かないのは、自分で鳴らす机の音が邪魔しているから!
ユリウスが溜息顔でドアーを開けます。アレクセイも大急ぎで入り口へ……、そこには!        
アンナが。
ユリウスは嬉しそうにアンナの手を取り、後ろを振り向き目で合図。アレクセイは直ぐに全てをのみこみます。
ウィーン少年団、寮母のアンナさんですね。ようこそ、どうぞ中へ。」
アンナはびっくりします。アレクセイとは初対面なのに何故?
アンナさん。ようこそ、ミーナの父親アレクセイです。あっ、そうですね。妻の考えている事はわかるのですよ。声
に出さなくてもね! 夫婦ですから。さあさあ、冷たいレモネード。妻が用意しています。座って、暑かったでしょ
う。雨の中、わざわざ。」
アレクセイはアンナをソファーに促し、ユリウスはアンナの手におしぼりを。
「あぁ、冷たくて気持ちいい。」吹き出た汗を押さえます。そして、レモネードを一口。 
「あぁ、美味しい ! あら、ご免なさい。私ったらきちっと自己紹介もしないで。」  
アンナが立とうとすると、アレクセイは
アンナさん。そのままで、俺達もほら、座っていますよ。でっ、今日は。」 
「あっ。私、寮母のアンナです。あのう、ミーオ。じゃ、なくて。お嬢さんのミーナさん。舞台に立つことが決まり
ました。三つのテスト見事、合格です。」
アレクセイとユリウスは手を取り合い、そしてアンナに頭を下げます。アンナも恐縮。
「私じゃなくて、頑張ったのはお嬢さん。あのう、それでどうしてもお耳に入れなければいけない事と相談がありま
して。」
アンナはユリウスを見詰めます。アレクセイは頷き、
「あぁ、実は今からユーベルと出掛ける約束していましてね。失礼します。アンナさん、どうぞごゆっくり。」
ユリウスもアレクセイの出掛ける支度を。アンナはゆっくりと部屋を見渡します。
「暖かい感じのお部屋 ! ホテルの一室と思えない。」
部屋のあちこちにはお花がコップやお皿になんとも可愛く。「あぁ、いい薫り! ミーオの薫り。カーテンと一緒に揺
れてるのは……ポプリが吊り下げてあるのね。机の上には楽譜が、雨風と一緒に揺れている。サイドチェアーにのっ
てるのは、ヴァイオリン! テーブルの上には縫いかけの可愛いドレス。ミーオのね。ソファーに畳んである男の子の
シャツ、もしかして、ユーベルに? 手作りだわ。」
「アンナさん、ごゆっくり。あぁ、ユリウス。あの事、お誘い忘れずにな!」
ユリウスは優しく頷き、アレクセイは出ていきました。

廊下の向こうから、ユーベルが手を振りながらやって来ます。笑顔一杯、早く知らせたい! ミーナの事。そんな気
持ちで一杯の笑顔!!
「おじさ〜ん。あのね、凄いんだ。ミーナね!」
アレクセイは首を横に振り、ユーベルの口に人差し指を当てます。ユーベルも素早く、意味を理解。
「そうだね。お部屋の外ではミーナのお話駄目だった。秘密。秘密。」
「アンナさんが来てくださった。今、聞いた。ユーベル、ありがとよ。今、ユリウスと大事なお話し中だ。今日はお
じさんと二人だ。
なんでも聞くぞ。おまえの話。
なんでもおごるぞ。美味しいもの。
どこへでも行くぞ。どこへ行こう?」
「そんなにいっぺんに……。えーぇっと?」
「ゆっくり考えろ。昼飯は済んだか?」
「ううん。とうさま、夜から元気がなくて。今も寝てる。昨日の演奏会ぼくは楽しかったんだけれど、とうさま、な
んか、溜息ばかり。きっと……。」
「きっと、なんだ?」
「おじさんとおばさんが仲良すぎて、焼きもち焼いているんだ。今夜は行かないって。お酒飲みに行くのかなぁ?」
アレクセイはユリウスと昨夜から、ホテル・ザッハのロビーから続く扉のない小さな入り口を隔てた、ホールでヴァ
イオリンとピアノの演奏会を開いているのです。今日はその2日目。長期にお世話になった、ホテルへのお礼に。
昨夜はポツポツ数人集まって、催されました。もちろん、イザーク親子も。
「今夜は、バックハウス先生と行くね。夕方、ピアノの練習。その後、ホテルでご馳走してもらうんだ。ホテルのレ
ストラン、初めて!」
二人は、話が弾み、ケーゼ・クライナー片手に広場の噴水に腰かけます。
「そうか。そうか。ご馳走沢山食べてこい。ピアノの練習はどうだ楽しいか?」
「ピアノはね。音階とバッハ、そればっかり。楽しいのかわからない。先生の言う通り練習するだけだよ。」
「ユーベル。バックハウス先生、素晴らしいじゃないか! うん。音階とバッハ、音楽の基本だ。おまえは幸せだぞ、
素晴らしい先生に教えてもらって!
俺もな……。ユリウスに指を治療してもらっているんだ。ユリウスはな、医学の本読んで、医者に相談に行ってな。
痛めた俺の指のため色々勉強してくれているんだ。毎晩、マッサージしてくれるんだ。痛いぞー! 俺も、こうやっ
て。こうやって。グーパー、グーパー、指を鍛えるんだ。ヴァイオリンを演奏する基本だ。基本は大事だ、お互い、
頑張ろうぜ!」
ユーベルはミーナの両親が大好きです。一緒にいると、なんだかほっとするのです。
「ユーベル。今度のクリスマス、スイスに来ないか ? 一緒に過ごそうぜ。冬休みあるんだろう?」        
  「う〜ん。どうかな ? 去年は、バックハウス先生の クリスマスコンサートに付いて行ったよ。大人の人が沢山来て
ね。僕も一曲弾いたんだ。今年もきっと同じだから……。」
「よし ! 今年は、俺が先生とイザークに頼んでやろう。
スイスに来い。 登山電車に乗って、雪山見に行こうか? それとも、レマン湖の遊覧船、ちょっと寒いか! ハッハッ
ハッ。夜は家でユリウスの手料理。旨いぞ〜。」
ユーベルはうっとり、夢を見ます。そして、心の中で。
“行きたい! でも、無理だ。きっと、先生もとうさまも許してくれない。ありがとう、アレクセイおじさん。ありが
とう”
「そろそろ、行こうか! あそこへ。」
「うん。ドブリンガー楽譜店。昨日もあっという間に夕方になってビックリした。ピアノの練習に遅れそうになって
走って帰ったんだ。ぼく。」
「今日は少しにしよう。最後にホテルに寄るんだろう。ユリウスのレモネード飲みに。」
「うん、ちょっと待って。先に、おばさんにお花のプレゼント買うから。」
ユーベルは毎日、ユリウスに小さなお花をプレゼントしていました。昨日は、ウィーンの森へ出掛け、可愛い黄色
の草花を根っこごと掘り返しました。根っこの所はお水に濡らし、綺麗に紙に包んで、『スイスのおうちのお庭に
植えて下さい。』という、メモを付けて。
その前の日は、白いお花。
だから。今日は青いお花、でも今日はウィーンの森に行けなかったので、お花屋さんで買うことに。
ユーベルは花屋のおじさんに相談します。
「青いお花をプレゼントしたいの。でも、明日スイスに帰ってしまうの。どうしようかな?」
おじさんはニッコリ笑って、小さな紙の袋を持ってきました。
「青い花が咲く、花の種。秋に蒔くと春に沢山咲くよ。花の名前は、忘れな草。」
ユーベルは大喜びで、「これで足りますか?」ポケットのおこづかいを全部、掌に乗せました。おじさんは大笑いで
「花の種は安いよ。これで、お釣りが出る。安心しなさい。」
硬貨を一つ取り、お釣りを握らせました。
「ガールフレンドにあげるんだね。リボンも付けよう。」
青い可愛いリボンの付いた、プレゼント。ユーベルは大切に受けとり胸に当てました。
アレクセイは小さく呟きます。
「ユリウスがユーベルのガールフレンドね。まっ、いいか!」

小さな路地を曲がったところにその楽譜やさんはあります。
アレクセイはウィーンに来たら是非、立ち寄りたいと思っていたお店です。期待通り、ジャンルを越えた数多くの
楽譜が所狭しと並んでいました。
ユーベルもバックハウス氏と何度も訪れているようです。
入り口に『店員募集』の張り紙が! アレクセイは楽譜を探しながらもそれがとても気になっていました。
“こんなのもある”手に取って口ずさんでいると、時間があっという間にに過ぎていきます。
ユーベルはバックハウス先生の頼まれもののベートーベンの楽譜を店員さんに探してもらっています。「アレクセ
イおじさん、もうそろそろ行かなきゃ! 」
店員の女性が、“はっ!”と、アレクセイを見詰めます。
「昨夜、ホテル・ザッハで、ヴァイオリンを弾いておられた方? やっぱりそう。」
「お姉さん。ぼく、今夜もいくよ。」
「あの格調高いホテルで珍しいです。演奏会初めてじゃない? 私も今夜も行くの。アンナ・ザッハでお食事もして。」
「ぼくも一緒。お姉さん、楽しみだね。」
「さっき、店員募集。見詰めておられて……。何か?」
「いや。友人にぴったりかなって。まぁ、いいんです。2日も聴きに聴いてもらえるの、嬉しいです。ありがとうご
ざいます。ユーベルそろそろ行くよ。失礼します。」
今日もあっという間に時間が過ぎ、二人は急いでホテルへ向かいます。
「ねぇ、おじさんも楽譜買った?」
「あぁ。もちろん、ウィーンの思い出にシュトラウスのワルツ曲買ったよ」