アンナはティーカップを置くと
「ユリウス、お話の続きするわね。アマーリエが帰ってきているって父から連絡があって2日目。ユーベルが手紙を
持ってきて、一通が神父様、もう一通が私。
”お願いがあります。力になって欲しい。短期入学の子供の面倒を見て欲しい”
初めてアマーリエの役に立てる ! わくわくしたわ。そしてね。
アマーリエの紹介で可愛い少女が男の子として、短期入学してきたの。それがミーナ。
私、男の子と男性の中で女性は私だけ。もう、嬉しくて、ミーナが可愛くて、力になってあげたいと、思った。
団員達もすぐ、ミーナが好きになって。何となく、学校の中が華やかになって、神父様も嬉しそうです。
ミーナね! 男の子を演じているのではないの。もう、すっかり男の子になりきっているの。音楽に囲まれた毎日が楽
しそう。でした……。」
アンナは、ケーキを一口、お茶を飲み。溜息を。
「昨日、倒れてしまって。貧血で……。でも、今日は元気にリハーサルに出ています。
ただ、少食なのね。どんどん痩せてしまって、どうしたらいいか 分からなくて」
あぁ、言葉が話せたら……! 今の気持ちを直ぐに伝える事が出来るのに。こうやって、紙の上でしか表す事ができな
い。ユリウスは筆談します。
『心温まるお話をありがとう。ミーナを貴女に預かってもらって良かった。
ミーナは食が細く年齢よりも小さくて、でも。人一倍がんばり屋。体が気持ちに付いていかなくて、貧血を起こして
倒れることも多くあります。
でも。いつも少し休めばケロッとして、笑顔。
母親として何とかして工夫して、無理せず美味しく食事出来る様に心掛けています。
ごめんなさい、アンナ。最初に学校に訪れた時に、伝えなかった事、心配をかけてしまった事、謝ります。
でも、学校生活。あの子だけ特別扱いはよくないと、思います。
大丈夫 ! 何とか、最後までやり遂げる子です。信じてやって下さい。』
「その工夫。私にも教えて頂けますか? ミーナだけでなく、みんなにもきっと役立ちそう。」
ユリウスはテーブルに飾ってある、ミントの横に。ラヴェンダーのリネンウォーター、ポプリ。ユーベルにと、氷で
冷やしてある、レモネードの入ったピッチャー。ハチミツ。色々並べます。
『たいした事ではない物ばかり。ラヴェンダーは高ぶった気持ちを落ち着けてくれる。ミントは食欲のない今の季節。
ほんの少し香りがあれば、スッキリします。あと、ここにない。ローズマリー、お料理に使うと、お肉やお魚の臭み
が香り付けられ食べやすくなります。
ハーブは育てやすいから、お庭があればどんどん育ちます。
育て方、使い方、メモに書くから、ちょっと待ってて。』
「お部屋の中、ゆっくり見させてもらい、待ってるわね。」
アンナは部屋を見渡します。
コップや小さい器に差してある、花や草……。根っこが付いたまま、水に生けてあります。「きっと。スイスのお庭
にあなた達はお引っ越しね。」小さく花に語り掛けます。
楽譜が散らばっている、机。写真たてが! さっきの男性とブロンドの髪の長い少女。後ろの景色はロシア! 下に文字
が。
『 故郷、最後の日。娘と 』
男性の目も、少女の目も。カメラより、ずーっと遠くを見詰めています。決意を固めた眼差し。アンナの胸が熱くな
ります。「ミーナとお父さん。」
その横に、走り書きの紙。
『 15日 演奏会 曲目
シューベルト ドヴォルザーク アンコールにシュトラウス 』
「演奏会? もしかして、今夜? 行きたい! 」
気が付くと、後ろにユリウスが。
『今夜、7時30分から。このホテルの一階のロビーに続くホールで、アレクセイと二人で演奏会をします。アンナも
来て! ヴィルクリヒ先生と。』

アンナは、プレゼントされたミントとラヴェンダーの苗、ポプリ、リネンウォーター、ハチミツ、工夫の仕方のメ
モ、それらの入った袋をしっかり手に握りドアの方へ向かいます。
ユリウスは心を落ち着け、大きく息を吸い込みます。“お礼を言いたい。この女性に”
「ア……ンナ」
アンナはドアのノブを持った手を離し、振り返りました。
「えっ?」
「あり……が……とう。」
ミーナとそっくりな声。アンナは静かに微笑み、
「神様に許してもらえる日、近いですね。今夜、必ず聴きに行きます。楽しみ ! お友達になれて、嬉しいです。じゃ
あ。」
ホテルを後にしました。

王宮礼拝堂では。
リハーサルが終り、席の一番後ろのアマーリエはその素晴らしかった歌声の余韻に浸っていました。
ふと、気が付くと。バックハウス氏が隣に。「綺麗にまとめた。そんな感じかな? どうです? この後、お茶でも。」
アマーリエは澄まして。「あら。ごめんなさい、この後。親友と約束があるのよ。あっ! 」
ミーオが走ってきて ドンッ! アマーリエに体当たり。
「あのね。校長先生がアマーリエさんに、挨拶して来なさいって。」
「えっ、この子が親友?」
「ええ、そうよ。行きましょう、ミーオ。失礼! バックハウスさん。」
ミーオとアマーリエは礼拝堂の裏へ消えて行きました。

裏庭へ続く、小さな部屋。アマーリエはミーオと入りドアに鍵を掛けます。
「アマーリエさん、最後まで聴いててくれたの? 一番後ろでちゃんと、見えた? 明日も来て!」
「明日、お昼過ぎに帰るの。パリへ、だから! 今日聴きに来たのよ。素晴らしい声を持ってるのね。うっとりよ。」
「ありがとう、アマーリエさん。毎日楽しいんだ! すっごく。歌も沢山歌えて、お友達も出来たよ。」
「もうすっかり、男の子のミーオ。これからは、男性として生きていくの? 男の子になっちゃったの?」
「ううん。明日の舞台が終わったら、女の子に戻るんだ。ぼく。」
「でも、もしかして。本物の男の子になっているかも知れなくてよ。」
「大丈夫。今朝、確かめたらちゃんと女の子だったよ。ぼく。」
「あらま。ちゃっかりしてるわね。じゃあ、明日。コンサートが終わって、女の子に戻ったあとの服は、ドレス? パ
ンツ? 」
「そんなの。ドレスに決まってる!」
「その、坊主頭に似合うのしら ?」
「あぁ。そうだった! どうしよう? あのね、朝鏡を見て驚いたの……。ぼくの顔が細長くなってて、なんだか違うん
だ。すごい男っぽくなっててビックリした。」
「顔が細長くなったのは、痩せたから。お食事しっかり食べてる?」
「食べてない。少しだけ。大きな硬いパン、ぶっといウィンナー、どうしても食べられない。リンゴの丸かじりもダ 
メ!」
「沢山食べたら、また。ふっくらした、まぁるいお顔に戻れるわ。今夜のお食事、私と一緒にしましょ。舞台に上が
れるお祝いしましょ。何でも好きなもの沢山食べて! 校長先生にもお許しもらってるわ。でも、少年団の制服ではだ
め。アンナに預かっているわ。ユーベルが買ってきた、男の子の服。これに着替えなさい。」
「本当にいいの? ぼくだけ。」
「明日の舞台の為、沢山食べて力付けないと。それから、男っぽくなったのは、本物の男の子として生活しているか
ら! だから、凛々しくなっただけ。女の子に戻ったら、また。優しい表情に戻れるわ。
そうね。心配だったら、魔法をかけてあげる。ドレスを着たら元通りのミーナに戻れる魔法を。」
アマーリエはミーオの額に自分の額をくっ付け、魔法の言葉を唱えます。
「チチンプイプイ! チチンプイプイ! 明日、舞台が終わったら、可愛い元通りの女の子に戻れます様に! チチンプイ
プイ!」
ミーオはとっても嬉しそう。それはすっかり女の子の表情。
「中庭に向いて、並んで座りましょ。このお庭、不思議でしょ。半分が野菜畑、もう半分がお花畑。ずーっと昔、教
会でのお祈りの後。お父様に連れてきてもらったお部屋。ミーナよりもずっと小さかった頃。誰も来ないわよ。この
お部屋、鍵も掛けたわ。ミーナに戻って大丈夫。少しだけ、女同士でお話しましょ。」
アマーリエはぼーっと考えます。“この子の年までは、私もこの子の様に純粋だった? 覚えてない。パリへ行ってず
ーっと暮らして、そして……今。帰って来た。”
「アマーリエさん! 雨があがって。見て! 虹。大きい! 綺麗ね。」
ミーナはアマーリエの手の上に小さな手を重ねました。ぎゅーっと力を入れて!