2、リハーサル





8月15日。早朝、ミーオはベットの中でずっと考えていました。
夢の中と本当にあった事、昨日の夜から頭の中がごちゃ混ぜです。
“どうぞ! 三つ目のテストに合格したことが、夢でありませんように!”
そう、お願いしながら。更衣室へ、着替えに行きました。
セーラー服の上に、アンナさんからのメモが!
『ミーオ! 最後のテスト、合格おめでとう。
私にもたれてグッスリ眠っていたので、そのままベットへ運びました。
大好きなお風呂も用意してあります。ゆっくり入って疲れを取ってね。
外は今朝も雨降りです。ホールの鍵、校長先生が開けてくださっています。
ピアノでも、ヴァイオリンでも。好きな練習をしてください。
アンナ 』
ミーオはメモを胸に当て、「アンナさん、ありがとう。」と、呟き。衣服を脱ぎお風呂場へ向かいました。
アワアワで、昨日の汚れをぜ〜んぶ落とし。湯槽に浸かります。
“アンナさん、リヒャルト、フィリップ、マグヌス。あっ、フェリックスもありがとう。みんな! 入学し
て、少しなのに舞台に立てるぼくを拍手でお祝いしてくれて。嬉しかった。ありがとう。ありがとう。あり
がとう。
校長先生、ヴィルクリヒ先生、大好き! 大好き! 大好き! ”
体はぽかぽか。頭の中もすっきり。ミーオはルンルン気分で着替えを済ませ、久々鏡に顔を映します。ミー
オはここに来てから、自分の顔を見るのが嫌でした。
何故なら、“アマーリエさんには強がり言ったけれど。とかさなくてもいい。お下げも出来ない。そんな髪
型が好きではありません”でした。“絶対似合わないもん”そう思いながら、映った顔を見て……びっくり
仰天!
お目目パッチリ、ふっくらピンクの頬の美少年ではありません。
目の落ち込んだ。頬がこけ、あごの尖ったなんとも男らしい顔が映っています。
「なに ? そういえば……、自分の事を“ぼく”っていうのも慣れてきた。時々、大股のがに股で歩いてい
る。男の子に体を触られても“どきっ”と、しなくなった。
もしかして、もしかして。本当の男の子になっちゃった? 」
どきどきしながら、大きな鏡に全身を映します。
そこには……、紛れもなく。女の子のミーナがいました!
「良かった!」
小さく呟き。
再び、るんるん気分で。ヴァイオリン片手にホールへ向かいました。

大きな扉を開けて中に入ると、電気も点き、楽譜スタンドも、椅子も用意してあります。
「アンナさん。いつも、いつもありがとう。」可愛く呟き、椅子の上に注目。楽譜とお手紙が。ヴィルクリ
ヒ先生からでした。
“ミーオ。アンコールの2曲目の楽譜です。君なら、直ぐに完璧に歌えるね。練習しっかりとね。”
「先生。ありがとう。」ミーオのよく知っている大好きな曲でした。

練習を終えて、食堂へ。いつもの二人が手を振って呼んでいます。
「お早う。」「お早う。」「お早う。」
ミーオは、テーブルを見てびっくり仰天! 朝からびっくりが二回目。
お皿には、小さく切った。パン、ウィンナー、リンゴ。ミーオの小さなお口にぴったりサイズ。二人が調理
のおばさんに昨夜、頼んでいてくれたのです。
“体の調子が悪いから食べやすく小さく切って欲しい”と。
「これは、全部食べないとダメだよ。でないと、ふらふら倒れてみんなに迷惑かけるから。」
リヒャルトとフェリックスの優しさに「ありがとう。」
ミーオはここに来て初めて二人に助けてもらわずに、残さず食べることができました。

午前中、校長先生のお話から始まりました。
「今日のリハーサルと明日の本番。場所がこの学校から王宮礼拝堂に変わるだけ、
いつも通りの歌声で。特別に頑張らなくていい。普段通りで、自分の役割をしっかり果たしなさい。」
みんな、真剣にお話を聞きます。
でも、綺麗な教会で、讃美歌だけでなく。色んな歌がたくさん歌える! 胸が、どきどき!

いつも通りの発声練習の後。
今朝はアンコールの2曲の練習のみ繰り返されます。何故なら、この2曲は。明日、全ての曲が歌い終わるま
で、秘密。今日のリハーサルでは歌いません。

早めの昼食を取り、さぁ。王宮礼拝堂へ!
アンナは団員一人ずつの体の具合を、声を掛けながら確かめます。
「ラファエル、教会では走ってはダメよ。今日も元気一杯ね。」
「フィリップ。いよいよ、明日はみんなの前で独唱ね。自信たっぷりのお顔ね。」
「マグヌス。」アンナはマグヌスを抱き締め。「最近のマグヌスのソプラノどんどん素敵に響いてる。私とっ
ても嬉しい。」マグヌスは大きな目でアンナを見詰め、頷きます。
そして、一番最後。ミーオに「目を診せて。」下瞼をひっくり返します。
“今日は、綺麗なピンク色! ”
「顔色もいいわ。もう、安心。」
アンナはヴィルクリヒ先生に報告します。「全員。元気一杯。」
今朝、二人で決めました。大事な団員一人一人。これからはしっかり健康状態の申し渡しをしようと!

外は、雨降り。
フェリックスがミーオに説明します。
「これから、バスで出発なんだ。雨だから、上からレインコート着て。濡れて、体を冷やしたらダメだろう。
フードもしっかり頭に被ってね。ミーオ! 」
「忘れ物、ないかな? じゃぁ、みんな。出発します。」
ヴィルクリヒ先生の号令で、全員がバスに乗り込み、出発しました。

初めての、礼拝堂。「綺麗!!!」ミーオは感激します。
「毎週日曜日。ここで讃美歌歌うんだ。真っ白な服着て。」
気が付くと、横にリヒャルトが。
「ねぇ。ミーオ、「野ばら」の二重奏。こことここと、ソプラノの声。もう少し大きく出してくれる ? 」
二人で、仲良く打ち合わせ。
そんな二人を。遠くから、アマーリエが微笑ましく見詰めていました。

アンナが声をかけます。
「アマーリエ。リハーサル、聴きに来てくれて。ミーオ、喜ぶわよ。」
「やったわね、あの子。男の中の男ね、もう! 全く。」
「昨日の最後のテストも立派だったのよ。アマーリエにも見せたかった。」
「あの子。痩せた? 顔がほっそりしてる。ますます男らしい。」
「その事でね。シュニット神父と私から、アマーリエにお願いがあるの。一緒に楽屋裏に来てくれる?」
二人は舞台の裏へと消えていきました。

「あのぅ。シュニット神父、ウィーン少年合唱団校長先生ですね。」
「そうですよ。君は?」
「すみません。突然に。私は、フランス フィガロ社日刊紙記者のベルナールと申します。実は、先月7月よ
りウィーン少年合唱団の特集を組んでいまして、今回はその取材に参りました。写真撮影と明日、コンサー
ト後にインタビュウお願いしたいのですが。」
「もちろん。喜んで、お受けします。しかし、写真撮影は本番は困るかな? リハーサルの今日に済ませてく
ださい。インタビュウは明日のコンサートの後。それでどうかな? 」
「はい。ありがとうございます。神父と団員数名、インタビュウに伺います。」
「承知しました。」
シュニット神父は手応えを感じます。「お願いするよ。ベルナール君! 彼らの歌声をフランスに。いや、世
界に伝えておくれ!」

団員達は客席から舞台を見詰め、ヴィルクリヒ先生の話を聞いています。
「いいかい、みんな。ここからお客様は君達の歌声を聴かれる。真剣にしっかり前をむいて歌うんだよ。堂々
と胸を張っていいね。」
「はい!」
全員が舞台へ上がり、入場、立ち位置、お礼、退場、もちろん歌。長い、リハーサルがこれから始まります。
アマーリエは客席からそんな彼ら、いえ。愛するミーオを見詰めます。
ミーオは、客席にアマーリエを見付け、手を振ります。
「失礼。隣、いいかな?」
「あぁ、バックハウスさん?」
「どうしても、明日来れなくて。今日、聴きに来ました。えぇ? あんな小さい子も歌うんですね。大丈夫か
な ?」
ミーオの事を言っているのでしょう。アマーリエは カチン!と、きます。
「あなたのお弟子さんも、小さくてよ。」
「彼は、特別ですよ。」
「あら。あの子はもっと特別! なんだか、この席気が散って! 失礼。私、席を変わるわ。」
アマーリエは一番後方の席の真ん中に座り、舞台上のミーオに小さく手を振りました。
長い長い、リハーサルが始まりました。