カフェ ザッハー…… お店の中は、お城の一室みたいにお洒落。 白いテーブルクロスのまん中には、キャンドル。ゆら
ゆらと、炎が揺れています。

ザッハトルテ……                                   
   去年の11月、アーレンスマイヤ家の居間で、ミーナが初めて出会ったケーキ !
マリアおばさんから、“ウィーンの女の子が大好きなお洒落なケーキ、昔オーストリアに嫁がれ
たお姫さま、エリザベート皇后も食されたケーキよ ” と、ミーナは教えてもらいました。
“あんまり、綺麗なので食べられないわ”と迷っていると、お母さんのユリウスが、ケーキ皿を 
膝に乗せ、フォークを手に握らせてくれたのです。
あれから、1年が経ちました。
やっぱり今日も、ザッハトルテが綺麗すぎて、うっとりと眺めていると、お母さんのユリウスが、
ケーキ皿を膝に乗せ、フォークを手に握らせてくれました。
ミーナは思わず、「あの時と一緒 ! いただきます。」
やっぱり、ザッハトルテはお姫様の味がしました。

アレクセイの頼んだ飲み物は、“カフェ ロワイヤル”。
ブッラクコーヒーにスプーンを乗せ、角砂糖を置きブランデーを含ませます。火をつけると、青
い炎が ! それをコーヒーに混ぜる、大人の飲み物。
それを、ダンディーに飲むアレクセイにユリウスはうっとり……。

ユリウスの頼んだ飲み物は、“コーヒー”。   
お砂糖、ミルクを入れかき混ぜ、その上にザッハトルテに添えてある生クリームを浮かべます。
甘〜い、甘い ! 女の子の飲み物の出来上がり。
「ユリウス、おまえは、いくつになっても、可愛いなぁ〜」と、アレクセイは妻にメロメロ……。

娘そっちのけで、二人は見詰め合います。

そして、娘ミーナが頼んだ飲み物は、まだ小さい女の子なので、“ロイヤル ミルクティー”一
人ゆっくり味わい、ケーキも口の中へ……。
「おいしい ! あ〜っ、おいしい !」と、口の中一杯にケーキを入れてモグモグ食べます。そし
て、お皿が空っぽになると……
ミーナは口の回りについたチョコレートを細く長い舌を使って、唇を一周、口の中へ舐めて入れ
ました。
ユリウスはふと、娘のそんな男の子の様なしぐさに気付き、ちょっと困った表情に……。
反対側に座っているアレクセイを見詰めます。
なんと、アレクセイも口の回りについたチョコレートを大きな舌を使って、唇を一周、口の中へ
舐めて入れています。
そんな、そっくりな父と娘に思わず、微笑んでしまいました。

窓の外は真っ暗、時計はとっくに夜の9時をまわっていました。

3人は、3階のお部屋へ戻ります。
ベットが3つ、そして、ソファー、手紙を書く机まであります。
ソファーの前のテーブルには、8月のお花“向日葵”が生けてありました。 ミーナは “太陽に
向かって咲く、この元気なお花”が大好きです。                     
   夜も遅くなり、そろそろ小さい少女のお休みの時間が近づいています。
「お母さん、いい ? 」
ユリウスはアレクセイの方に、視線を移します。
「いいよ。二人でシャワーしておいで。」
 2人は仲良く、シャワー室へ……                            
  アレクセイは一人になり、バルコニーの窓を開け、外へ出ます。 ウィーンの街の夜景が美しく、
チカチカ輝いています。
アレクセイは時々、幸せすぎる自分が信じられません。
小さなホールの支配人に推薦され、そこで演奏する楽団の指揮を務めている自分……。
華やかではないけれど、安定した仕事、家に帰ると、妻と娘がいて……、

1年前までロシアにいた時には、想像も出来なかった幸せが今、自分の元にある。 大切にしなけ
れば、そして、“1日、1日に感謝して過ごしていこう !”そう、思うのでした。       
 
カサカサ、音の方へ振り向くと妻と娘がニコッと、笑ってこっちを向いています。
「お父さん、見て ! お母さんとお揃いのナイトドレス。真っ白でフリルも一杯、お姫様みたい 
でしょ ? 」
「おいで、ミーナ。」
アレクセイは愛娘を膝の上に乗せ、ニッコリ微笑みます。
「お父さん、楽しかった。」
「あぁ、お父さんもだ。」
そう、言いながら、
ミーナの濡れた頭を優しく撫でます。 綺麗にカールしたブロンドの長い髪、すーっと先まで滑ら
せて、最後にくるくるっと、指に巻き付けるお父さんの癖…、いつもは片手で行うこの癖を今夜
は何故か、両手でゆっくりと、まるで近々この髪がなくなってしまうのを、惜しむかの様に……。
表情も悲しそうになりました。
ミーナはそんなお父さんの額に、チュッと、口づけをして励まします。
「さあ、ユリウスに髪の毛を乾かしてもらいなさい。」
ユリウスはミーナの濡れた髪を優しくタオルに包み乾かします。
「私ね、お母さんと同じこの長い髪の毛、命より大切なの ! 」
娘のつぶやき声に、アレクセイは不安が無くなり、ほっとした表情になりました。

ミーナは髪を乾かしてもらうと、ユリウスにたっぷりのクリームを手に塗ってもらうのでした。
ラベンダーの香りのクリーム、指一本ずつ丁寧に、カサカサした、ひじとかかとにも。
お部屋にぱーっと、ラベンダーの香りが広がりました。

アレクセイは思います。
「場所が変わっても、いつもの夜と同じだな。」
スイスの夜と同じ、ほっとする暖かさに包まれた空気がありました。
「おやすみ ! お父さん、お母さん。」
ベッドにもぐり込んだミーナはラベンダーの香りの手を胸の上に乗せ、目を閉じました。
いろいろあった、一日が終わります。

明日も、楽しい事がありますように……。