ホールにヴィルクリヒ先生が戻ってきました。外は嵐の様な風雨、でも……ここは先程とは一転。静かにみんな、休憩
を楽しんでいます。先生は、ほっと一安心、団員たちに言葉をかけます。
「みんな、さっきは悪かったね。先生は、明日の王宮礼拝堂でのリハーサル、明後日の本番を控えイライラしていた。反省
しています。
マグヌス。今までで一番の讃美歌が歌えたね。笑顔で、”やったぁ!”の気持ち。ミーオに伝えたかったんだね。なにも分
かっていなかった先生を許してください。
ミーオも、焦って 後ろにいる君の事も忘れていた。大事にならなくて良かった。
気を取り直し、練習再開しよう!」
「はい。先生。」
全員素早く、ピアノを囲み整列します。
なにがあっても、直ぐに戻れる先生と生徒の絆! それが、この合唱団なのです。
「みんなに大切なお知らせがあります。今、校長先生に教会から連絡が入りました。明後日のコンサートにみんなよりずっ
と年上の“アルト歌手の青年”が一曲特別に歌を披露してくれる事になりました。もうそろそろこちらに到着、みんなに挨
拶します。校長先生は手が離せないので、ミーオ。君、玄関まで迎えに行って下さい。」
団員達は動揺します。「どうして? 急に? 」
でも、ミーオは違います。「はい! 」元気に立ち上がり、ホールの入口に向かい、扉を開けました。

そこには、校長先生が!
「えっ ? 」ミーオはきょとんとして、校長先生を見詰めます。
「ミーオ。辛い想いをさせ、試す様な事をしてしまい悪かったね。“思いやりの心”三つ目のテスト。合格!!!
君は団員達の事を、そして団員全員が君の事を心配し思いあっている。
1年間過ごしてきた団員と全く同じだ。彼らとすっかり心を通わせ、ひとつになっているね。
胸を張って16日の舞台に立つ資格がある。
さぁ、みんなに紹介するよ。おいで。」
シュニット神父は、ミーオの小さな肩に手を乗せホールの真ん中に。
「あらためて、紹介します。16日の舞台にみんなと一緒に立つ事が決まった。ミーオ君だ。」
ミーオはこの時はじめて自分が三つ目のテストに合格した事を実感。そして……、
「ばんざーい ! ばんざーい ! 」大きく両手を2回挙げ。一番高い椅子の上によじ登り、再び両手を挙げジャンプ!
「きゃぁ〜! ミーオ、やめて!」アンナの叫び声が……。
“ドサァッ”
リヒャルトはミーオを腕の中にキャッチ。
「もう。ミーオ、そんなふらふらな足で無茶だな。怪我したら、舞台に立てないよ。」
みんなの笑い声がホールに響きました。
ヴィルクリヒ先生が笑いながら、「予行練習。ミーオも一緒に並んで、始めます。」
と、校長先生が
「ちょっと待ってヴィルクリヒ君。2部の『野ばら』一番を、リヒャルトの相手ミーオに。二重奏入れてみてはどうかな? 」
「あぁ、それ。実は僕も考えていました。みんなはどう? 」
全員、賛成の拍手。即、決定。
「それから。並び方、変えていいかい? ヴィルクリヒ君。」
校長先生が列の前にやって来ました。
「まず。向かって左側前列。真ん中にフィリップ、マグヌス、ミーオ、ラファエル。後ろの列。マグヌスの後ろにペーター。
向かって右側前列。真ん中にリヒャルト。後ろの列の真ん中にフェリックス。
こんな感じでどうかな? 」
昨日歌った『きらきら星』での並び方。みんなの心に昨日の楽しかった出来事がよみがえり、フェリックスが思わず、
「校長先生。大賛成、この並び方絶対にいいよ! ヴィルクリヒ先生。これで行こう! 」
みんなも拍手。ヴィルクリヒ先生も大きく頷き、そのとたん。

ピカッ!! ゴロゴロゴロ!! バリバリバリ!!!

「今度は、先生から提案。シュトラウス『雷鳴と稲妻』から始めます。」
シュトラウスの3曲。続いて、讃美歌3曲。最後にみんなの大好きな曲5曲。
ホールに美しく響きました。もちろん、完璧な歌声。
もう何の心配もありません。後は本番を迎えるのみ。

時間は7時を回っています。
後片付けをして、夕食に向かうことになりました。
ミーオはアンナに近づき、「アンナさん。ぼく、食欲ないの。もうしばらくここでピアノ弾いていていい? 」
「わかったわ。校長先生に了解とってあげる。私が戻るまで、一人で待っていてね。」
アンナはミーオ一人を残しホールを後にします。
そして、校長室へ。ミーオの事で相談に行きます。
今日倒れた事。食欲がなく、どんどん痩せてしまっていること。でも、16日の参加が決まり張り切っている事。色々、母親
に伝えたい。明日、リハーサル中にミーオの両親の元へ外出する事を願い、校長先生の了解を得ました。

アンナがホールに戻るとミーオはピアノを弾きながら、『カリンカ』を歌っています。アンナも一緒に声を合わせ歌いま
す。
♪カリンカカリンカカリンカマヤ
庭には莓私のマリンカ
カリンカカリンカカリンカマヤ
朝早くとびおきて
顔をきれいに洗う
アララ……
顔をきれいに洗う♪
「アンナさん! 歌えるの? もしかして……、ヴィルクリヒ先生に教えてもらっている?
フィアンセでしょ! うふふ。」
「もう。ミーオ、当たり。」
「アンナさん、並んで座っていい? 」
「もちろん。」
アンナが椅子を並べ、ミーオはピアノの鍵盤を綺麗に拭き、丁寧にふたを閉めます。
アンナはミーオの手を握り、「具合、大丈夫? 」
「はい。心配かけてご免なさい。舞台に立てることが決まって、もう元気一杯。」
手をグウに握りわくわくします。
「ミーオ。なんだかあなた、いい香りがするわ。」
「もしかして、これ? 」
ミーオは自分の手をアンナの鼻先へ。
「そう。そう。これよ。」
「うん。これ、ラヴェンダーのクリーム。お母さんの香りなんだ。」
そう言いながら、ポケットから小さな容器を取り出し中身を見せます。
「この香りがするとね。お母さんがそばにいてくれていると、思えるんだ。辛いときも頑張れる。さっき、ヴィルクリヒ先
生に“ずっと立って、みんなの練習を聴いてなさい。”って言われた時、ビックリして悲しかった。だから、先生が後ろむ
いて指揮し始めた隙に、ポケットから容器を取り出してクリームを手にぜ〜んぶ、つけたの。そうしたらね、お母さんの香
りがして ぼくだけに、“ミーナ、くじけずにがんばって。”って声が聞こえて。嬉しかった。でも、やっぱり倒れちゃっ
て。」
「ミーオのお母さん、素敵ね。綺麗で、優しそう。そして、あなたにそっくり。」
「アンナさん、どうして知ってるの? 」                                     
  「挨拶に来られたの。2日目に校長先生の所へ、“ミーナをお願いします。”って、お手紙持って。」
「お母さんが来てくれていた。嬉しい。」
ミーオの心はよろこびで一杯になりました。
「明日。色々、報告に行ってくるわ。舞台に出演決まったこと、知らせてくるわね。それから、その容器にラヴェンダーの
クリーム入れてきてあげる。」
「ありがとう! アンナさん。なんだか、疲れちゃった。もたれていい? 」
ミーオはアンナの肩に頭を乗せます。間もなく、可愛い寝息が。すぅー、すぅー……。
入れ替わりに、ホールの扉が開き、ヴィルクリヒ先生が顔を覗かせます。「いいかい? 」
「もちろん。」ミーオを挟み、二人は見詰め合います。
「僕の事、嫌いになった? 」
「うぅん。」アンナは首を振り、
「愛してる。愛してるから、あなたにはいい先生になって欲しいの。なにがあっても、子供達が一番! 感情に流されては
いけない。校長先生の命令でも、近くにいるのはヘルマンよ。一人一人の性格、からだの状態、しっかり把握しないと。あ
なたなら出来る。」
「ありがとう。愛してる、アンナ。」
二人は、ミーオを挟み口づけをします。……とたん! 真ん中でミーオが寝言を!
「ふぅ〜、暑い ! 」二人はびっくり、笑いをこらえます。
「不思議な少年だね、アンナ。ちょっとした仕草とか、女の子みたいなんだけれども。性格は立派な男の子だ。強い子だ!
大人顔負けなぐらいだ。」
「えぇ、そうね。今日は夕食もお風呂も抜きね。このまま朝までぐっすりよ。ヘルマン、お先にどうぞ。私、もうしばらく
こうしてる。」
「大丈夫? 」
「えぇ、この子。空気みたいに軽いの。」

夜はゆっくりふけていきます。ミーオはどんな夢を見ているのでしょう……???