|
8月15日
今朝も、早朝5時過ぎにミーオは目を覚まします。
大好きな早い朝なのに、今日は別。「あぁ〜、曇っている。雨も近い。」
そんな日は頭が重く、体がだるく感じるから。
でも、雨がふるまえにお庭で練習しないと!
静かに起き、ヴァイオリンを片手に更衣室へ、着替えに行きました。
ミーオは着替えながら思います。
「あと、テストは1つ ! 体の具合が悪くても、精一杯やらなくては。」
決意を固め、庭へ出ました。
朝日は雲に隠れています。でも、いつもの練習場所には外灯の優しい灯りが、ミーオを待っていてくれま
した。
小鳥が♪チュンチュン チュン♪ミーオに語りかけ、
木の葉が風に揺れ♪ ザワザワ ザワ♪ミーオの体調の悪さをいたわってくれました。
ここに入学して、4日目。
ミーオの体の中には、コンサートの全曲が完璧に染み込んでいます。
もちろん、団員全員の歌声も。
みんな、新入りのミーオに優しく、
曲のつかみかた、気を付けて歌う所、色々アドバイスしてくれました。
“合唱ってやっぱり素晴らしい! ”
今日、3つ目のテストに合格すれば、今から演奏する曲をみんなと舞台で歌える !
大きく深呼吸……、ヴァイオリンを構え心を込めて1部、2部、3部、頭の中で歌いながら弾き始めました。
生暖かい風がミーオの体を包み込みます。
“あぁ、体が重い〜。だるい。お母さん……”
初めて、
“お母さんに会いたい!!!”
そんな、ホームシックがミーオを襲います。
それでもミーオは弾き続けます。
重く、物悲しい音色が庭に響きました。もうすぐ、8歳の少女の弾く音とは思えない様な、深い哀愁を
帯びたメロディーが1時間以上、庭に広がります。
そして、今日もやっぱり遠くの木陰から、シュニット神父が優しくミーオを見守ってくれていました。
朝のヴァイオリン練習を終え、食堂へ行くと、いつもの様に、リヒャルトとフェリックスが彼らの間に、
ミーオの食事も用意して待っていてくれました。
メニューは今日も一緒! 二人は、ミーオの食べられない物を自分のお皿に載せます。
「いただきま〜す。」
「雨、降ってきたね。」「風も強いよ。嵐、来るのかな?」「ミーオ、早朝練習の時、雨に濡れなかった?」
「うん。」 ミーオはサラダを食べ終えると。
キプフェルもリヒャルトのお皿の上に載せます。そして、ミルクを一口飲んで、
「ごちそうさま。」
トレイの上には、りんごが丸ごと1個残っています。
フェリックスはミーオの残したミルクを飲みほし、
「ミーオ ! りんごも食べないの ? 」
ミーオは、首を横に振ります。
「もう……」フェリックスは、りんごを持って外へ。
そして、すぐに戻ってきました。
手に持ったお皿には、食べやすく小さく切ったりんごがのっています。
「調理のおばさんに頼んであげたよ。丸かじり出来ない子がいるからって」
「ありがとう!」
ミーオは笑顔一杯。小さなりんごの欠片を口に入れ、
「美味しい!」
ニコニコ……
「やっと、いつもの明るいミーオに戻った。フェリックス、でかした! 見直したよ。」
リヒャルトに褒められ、フェリックスもニコニコ。3人は大笑い!
「ぼくね。りんご、大好きなんだ。うれしい。美味しい。」
嬉しすぎて。ミーオは思わず、フェリックスの頬っぺたに“チュッ”口づけを !
フェリックスは固まり、リヒャルトは悔しそうに、顔をしかめます。
ミーオは二人をそっちのけに、残りのりんごを美味しそうに残さずに、食べきりました。
午前中の授業を終え、昼食。
その時も。ミーオは、サラダとミルク一口で「ごちそうさま。」
そんなミーオを。アンナは遠くから、とても心配そうに見詰めていました。
午後の授業の後、今日は夕食まで、自由時間はありません。
16日のコンサートの予行練習がホールで行われるからです。
夕食まで、全員が完璧に歌えるまで続けられます。
午後4時前、ウィーン少年合唱団員全員。
ホールに集合しました。もちろんミーオも……。
ミーオは、ぽぉっと。雨の降りしきる窓の外を見詰めます。
「お父さんとお母さん、どうしてるかな ? きっと、心配してる。そして、16日のコンサートの舞台にぼ
くがいなかったら……とっても悲しむだろうなぁ。」
頭に思い浮かぶのは、不安な事ばかり。
「ミーオ。ミーオ。ミーオ ! 」
フィリップの3回目の呼びかけでやっと、我に戻りました。
「ねぇ、ねぇ。モーツァルトのミサ曲の最後の僕の独唱の所、音程とキィ。急に自信がなくなっちゃって
……。一緒に合わせてくれる ? 」
「もちろん! いいよ! 」
“クレド”の後半、美しいソロパート! ミーオの大好きな所。
ミーオとフィリップ。二人の声が響きます。でも……音程が、微妙にずれています。
「フィリップ。キィが下がってる。もう少し上げて! もう一回、ぼくの声に乗っかる様に、歌ってみて。」
再び、二人の声がホールに響きます。今度は美しく、重なりあいました。
他の全員が、うっとり聴き入りました。
「ありがとう。ミーオ、自信が持てた。本当にいつも、完璧だね。」
そう言いながら、フィリップはミーオの手を握りしめ……、驚きます。
氷の様に冷たい手!!! 思わず手を放し、顔を見詰め。再び驚きます。
そこにいるのは、ピンク色の頬のふっくら可愛い美少年ではなく。青白く、頬の痩けた男の子でした。
あまり、見詰められるのでミーオも不安に。
「どうしたの? 」
「うぅん。なんにもない。」フィリップはかける言葉がありませんでした。
その時、”トントン”ミーオは優しく背中を叩かれました。
アンナがいつに間にか後ろに! そして、フィリップに合図「大丈夫よ。」
彼は、安心して。その場を立ち去りました。
「ミーオ、朝から元気がなくて心配していたの。具合、良くないの?」
「大丈夫。でも……、曇りや雨の日は。体がちょっとだるいんだ、ぼく。」
「ちょっと、下まぶたの裏を見せて。」
アンナはミーオの下瞼をひっくり返します。真っ白でした!
「ミーオ、大丈夫 ! 舞台に立つのが決まっていないから、気になって、体がだるいのよ。
いつもの調子でいれば、絶対に3つ目のテストも合格よ。
体の具合、私が診た所、健康そのものよ ! 」
「本当 ? アンナさん、ありがとう。」
ミーオは自信が湧いてきました。
アンナはミーオの背中を優しく擦り、励まします。
そして、リヒャルトの所へ
「リヒャルト、いい ? 」
「なに ? アンナさん。」
「実はね。ミーオ、少し貧血起こしているみたい。気を付けてあげて。無理しない様に! お願いね。」
「はい。分かりました。アンナさん。」
アンナはそれでも、とても嫌な胸騒ぎが体の中に渦巻いていました。
「ミーオ! 」
マグヌスが呼んでいます。
目をチクチクさせ、落ち着かない様子。緊張がミーオに伝わります。
「ぼ、ぼく。ドキ ド……キ しっして、讃美歌、自信な……いんだ。」
ミーオはアンナの言葉で明るさを取り戻し。
「マグヌス、大丈夫! 今日のマグヌスの瞳、すごーく輝いている。きっと、きっと、上手く歌える。自信
持って。」
「ほんとう? 」
マグヌスは、嬉しそう。
「ミーオ! ぼくの事、ずっと! ずっと、見ててね。そうしたら、讃美歌の難しい歌詞。忘れずに最後まで歌
えそう。」
「任しておいて。」
そして……。外では、雨と風がいっそう激しくなってきました。まるで、嵐の様。
その嵐は、数時間後。学校のホールの中にも押し寄せ、まるで!嵐の様な大変な、予行練習となるのでした。
|