全員ホールへ大集合です。
「並び方は、どうする ? 」 「指揮は誰がするの ?」 「ソロも入れる ?」
みんながそれぞれ、意見を出し合います。
コンサートの並び方で、指揮はエマニュエル、彼は将来の夢を叶えるためヴィルクリヒ先生に付いて、指揮法
を勉強中。最初はソロなしでみんなで通すことになりました。
ピアノに着いたミーオが質問します。「ここからだと、エマニュエルの指揮、後ろで見えないよ。」 みんな、
困り顔に !
校長先生が素晴らしい提案をしてくれました。「ミーオ、みんなと並んで、ヴァイオリンで伴奏してみたらど
うかな ?」
「ミーオの、ヴァイオリンを聴きたい。」「やってみたい!」「校長先生のアイデア、凄くいい。」「賛成。」
「賛成。」
ミーオは、校長先生の指示で、戻ってきたばかりのアンナから、ヴァイオリンを受けとり、みんなの列の端に
並びます。アンナが楽譜たてに、マグヌスの可愛い楽譜をのせ、準備してくれました。
エマニュエルが、「ミーオ、どう ? いける ? 」
ミーオは速答。「うん。合わせてみる。はじめて、いいよ。」
音符の上に女の気持ちがクルクル変わっていく可愛い歌詞。
歌詞は全てフランス語です。
最初の第1小節と最後の第12小節は『きらきら星』の童謡の歌詞。
その間の第2小節から第11小節に女の子のクルクル変わる恋する気持ちが綴られています。

♪キラキラかがやく わたしのせかい どうしてこんなにまぶしいの ?
ねぇ、ママきいて わたしのきもち ドキドキむねが くるしいの
それはきっと わたしのまえにあらわれた
キラキラかがやく 王子さまのせいかしら…………♪                    
 
揺れ動く少女の気持ちと、心の揺れが、童話の世界の様にどんどん進んでいきます。
ヴィルクリヒ先生の熱い心とアンナへの純愛がぎゅーっと、詰まった曲に仕上がっていました。
アンナは顔を真っ赤にして、聴いてくれました。
13分と少しの長い曲が終わると、校長先生がみんなの前に立ち、感想を述べてくれました。
「綺麗に揃った美しい調べだった。う〜っん……、欲を言うと、減り張りが欲しいね。           
それから、ミーオのヴァイオリン伴奏。音が、遠慮しすぎだ。もっと、ずっしり響く様にそして、軽やかに。
どうすればいいか、考えてごらん ? 」
生徒達だけで、一曲の歌を作っていく。一人一人が意見を出し合い、繋がり、音が重なり、絆が深まる。
校長先生は、これこそ自分が求めていたもの。
感無量で、生徒達を見守っています。
そして、ミーオは……
“しっかり音を出し、且、歌の邪魔にならない様に響く音…… ? そうだ!
腕だけで弾かずに体で弾く。あっ!
発声練習。大きくお腹を膨らませ、体の重みを使い、肩の力を抜いて、息を吐きながら弾いてみました。
深く、重みのある、響く音!
これなら、みんなの歌を支える伴奏になる。
細かい所は、お腹の腹筋を使い、フッ、フッ、フッ それに乗って指を細かく動かします。
あっ ! 楽しく音が踊っている! ”
こつがつかめてきました。
「校長先生。ぼく、なんか分かってきました。みんな、お待たせ! 合わせられるよ。」
エマニュエルが 「じゃあ、みんな。準備して、場所について、パートの発表をします。」
……と、その時。リヒャルトが「エマニュエル、提案。みんなの並び方、変えてみたいんだ。」
「いいよ。リヒャルト、変えてみて。」
「まず、フィリップとマグヌスが並んで、一番前に。ペーターはその後ろ。
ピアノを挟んで、反対側の一番前に僕、その後ろに、フェリックス。」
思わず、フェリックスが不満がおに! 「どうして、僕は、リヒャルトと離れるの? 」
「ペーターとフェリックスはみんなをリード出来る、ソプラノとアルトを持っている。
二列目のみんなを引っ張って行って欲しい。」
ペーターとフェリックスは大きく頷き、了解します。
「じゃあ、ソロパート。発表!
第3変奏はフィリップ。第5、第6変奏は続けてペーター。第10変奏は再びフィリップ。
そして……、最後の第12変奏はマグヌス。残りの第1、2、4、7、8、9、11変奏は全員で合唱。そして、最後。
マグヌスの声とミーオの伴奏がピタッと、重なって終わりたいんだ。」
マグヌスは隣のフィリップに手を握ってもらい、やる気満々!
その姿に、アンナは感無量です。
エマニュエルの指揮棒が大きく挙げられ、『きらきら星変奏曲』の変化にとんだ、楽しく、愛らしい合唱曲が
ホールに響きわたりました。
終わりの音も、ピタッと、重なりました。
校長先生とアンナは、手が腫れそうになるまで、拍手。
ミーオの一人の練習時間。今日は、全員の大合唱と、なりました。

夕食後、ミーオ。二つ目のテストの時間です。
今夜も5分前にヴィルクリヒのお部屋の扉をノックします。
「ようこそ。歌の大好きな少年。さぁ、ソルフェージュを始めよう。」
音程とリズムを正しく歌う。音楽の基礎。それに欠かせないのが、ソルフェージュでした。
「正しく音を聴き、それを五線譜に書くわけだが。
今日は、先生のピアノをよく聴き、リズムと音程を正しくドレミで歌ってくれるかな?
4小節をゆっくり、3回弾くからね。
よく、聴いて ! いくよ。」                                    
   「はい。」
4/4拍子 2度音程 ♪ドドドド レレレレ♪ 優しい問題から始まりました。
1問目、ミーオは正しく解答。そして頭の中を空っぽにして、次の問題を聴く準備をします。真面目に、真剣
 に歌って解答していきました。
ヴィルクリヒ先生は、自分の思い通りのドレミの歌声に、この上ない幸せを感じていました。
「この子といると、どうしてこんなに楽しいんだろう ? 」
二人は笑顔で見詰め合います。
8度音程まで曲は広がり、音程とリズムが少しずつ難しくなっていきました。
それでも、ミーオの解答の歌声は休符さえも完璧です。
「ミーオ、ここまでにしよう。和音もたぶん、正しく聴き答えるんだろうね。」
「はい。先生、ぼく。和音の音当ても、大好き !」
「分かったよ。じゃあ、次は短い曲を弾くから。ドレミで歌ってごらん。
ミーオもよーく知っている曲だよ。」
「はい」
先生は、ゆっくりとその曲を弾き始めました。
♪ドーミソド ラドラソー ファーソミド レード ♪
「あっ。 “ かすみか雲か ” ドイツ民謡 ! 」 ミーオは心の中で叫びました。
ミーオの頭の中にリズムが刻まれ、ドレミの声が響きます。
♪ソソファファ ミーソミレ ソソファファ ミーソミレ♪
「正解 ! 次々いくから、よーく聴いて歌ってごらん ? 」
モーツァルトの”五月の歌”、コンバースの“星の世界”、そしてジルヘルの“ローレライ”ミーオは、ト短
調のこの曲も丁寧な音階とリズムで、一音たりとも間違わず歌い終わりました。
「素晴らしい。の、一言だ。 最後、行くよ。」
最後のその曲は、ミーオは聴いたことがありません。でも、「綺麗な曲!」その美しい響きが「好き!」ミーオ
はそう、思いました。
一回目、二回目、右手のみで演奏される曲、耳を済まし音が逃げないようにしっかり頭に叩き込みます。
三回目 もう、ヴィルクリヒ先生のピアノは聴こえません。
完全に自分のものになった曲の中にミーオはいるのでした。
今は……、ドイツ民謡“眠りの精”この世界のイメージになりきっているミーオ。
四回目のピアノに合わせ、歌います。
♪ド ファーソラソ ファーミファ
ソラ シ ラソ ファ ソー♪
ヘ長調、4/4拍子のリズムに強弱を付け、滑らかに曲は広がりました。
歌い終わっても、一点を見詰め、遠い世界にいるような少年に、先生は驚き声を掛けます。
「おい ! ミーオ?」
我に帰ったミーオは、「とっても、とっても好き! このメロディー!」
「だろう ? 先生のふるさと、ドイツ民謡。」
「ヴィルクリヒ先生、ドイツの生まれ?」そこまで言って、ミーオは心の中で「ぼくのお母さんの生まれた国だ
よ。ドイツ。」と、思います。
「先生はドイツのシレジア地方だよ。色々あってね、両親はそこで亡くなった。
一人、音楽の勉強にウィーンに来たんだ。悲しくても、音楽が僕を励ましてくれた。
学校では、ウィーンで一人ぼっちだった僕を、リヒャルトの父親はとても可愛がってくれてね。奥さんも親切
で……。
そして、この曲“眠りの精”は、いつも僕を包み込んでくれた。」
「 ”眠りの精”って、先生の子守歌だったの?」                            
  「そうだよ。ドイツ民謡を作曲家ブラームスが編曲した“14の子どものための民謡集”の4番目の曲。彼は、親
友シューマンの遺児達に子守歌としてプレゼントしたそうだ。
今回のコンサートのアンコールの一曲目にしようと思っている。」
「アンコール?」
「コンサートの全曲を歌い終わってもね。観客が“もっと、聴きたいよ ! って、拍手で要求してくる。それに
答えて何曲か歌うんだよ。簡単な曲だから、今からミーオに教えてあげよう。」
「ぼくに? アンコールの曲を? って、事は……。」
「もちろん、今日のテストは合格。」
「やったぁー!」ミーオは両手を握りしめ、わくわく。
「今日はバンザイはしないのか ? 」
「はい。明日にとっておきます。
明日、合格したら今日の分も思いっきり高〜くジャンプして、バンザイするんだ。」
ヴィルクリヒ先生は、“眠りの精”の歌詞をミーオに渡し、ピアノを弾きます。
ミーオは歌います。この、静かで美しい子守歌を……。
“眠りの精とは、砂の精の事。夜、子供達の目に砂をかけて眠らせる妖精です”
可愛い歌詞が三番続きます。
静かに、滑らかに、透き通るように、ミーオの声は響きました。
「素晴らしいね。ミーオ。じゃあ、昨日の約束。
コンサートの讃美歌三曲を聴いてみるよ。歌ってごらん。」
ミーオは、三曲とも空で歌います。
一曲目“サルベレジーナ”、二曲目バッハ・グノー“アヴェ マリア”、そして三曲目がモーツァルトのミサ
曲、3曲その中の一番最後の曲“クレド”の後半“聖霊によりて(処女マリアより)御体を受け”は特に素晴
らしく、ヴィルクリヒ先生は

「まさに、天使の歌声だ ! 」

小さく、呟きました。

「ミーオ、短い期間によくここまで、歌いこなせたね。遅くなってしまった。
外で、アンナが待っている。そろそろ終わりにしよう。」
「先生、ありがとうございました。」

ミーオが扉を開けようとした時、先生はミーオを呼び止めます。
「ミーオ?」「えっ?」「君は……」そこまで言いかけ、                        
      ヴィルクリヒ先生は、最初の疑問から質問を変えます。
「ミーオ。少年団の毎日は、どうだい?」
「みんな。優しくて、親切で、楽しいです。ぼく、ここに入学出来てよかった。」
「そうか、よかった。明日のテスト……」
「あと、1つだね ! 先生。」
「あぁ。」先生は、とても悲しそうな顔になりました。ミーオも不安に……。
「先生。明日のテスト、難しいんだね。きっと。」
「いや。君を信じているよ。」
「はい。」
ミーオは静かに、扉を開けます。そこには、アンナが。
「ミーオ、どうだった?」「はい。合格。」「良かったわね。さぁ、行きましょう。」
二人の後ろ姿を見送りながら、先生は呟きます。
「恨まないでくれよ。ミーオ。先生も辛いんだ。」

いよいよ、あと1つ。でも、大きな壁がミーオの前に立ちはだかっています。