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再びウィーン少年合唱団、彼らの一日は規則正しく流れていきます。ミーオがヴァイオリンの早朝練習を終え
た頃に、少年達は起床します。ミーオがアンナに食堂に案内してもらうと、みんなはもう席に付いていました。
朝のお祈りをして、声を合わせて、「いただきます ! 」 ミーオの隣には、お節介やきのフェリックス 「残し
たら、居残りだよ !」 ミーオは、小さなため息をフーッ……、何故なら、女の子で少食のミーナには、ボリュ
ームたっぷりの量。でも大丈夫! 反対隣のリヒャルトが、大きなカイザーとぶっといウィンナーとペーストを自
分のお皿にこっそり移してくれました。ミーオのお皿の上には、小さなキプフェルとサラダだけになりました。
「ありがとう、リヒャルト。どうして、ぼくがペースト嫌いって分かったの ? 」「う〜っん、何となく。」にっ
こり笑っています。ミーオもにっこり! 小さな口に、パンを小さくちぎって食べます。男の子ばっかりの中で暮
らすのって、大変! 実感でした。 団員達は朝食を終えると、天気の良い日は中庭で歌を歌います。その後、教
室にて普通の授業、フランス語、算数、社会etc. そして昼食、昼休みと、なります。 午後から、本格的な音楽、
声楽の授業とレッスンがみっちり行われます。それが、終了すると……夕方から夕食までは自由時間。外でスポ
ーツしたり、図書館で読書したり、楽器の練習など。ミーオはこの時間をピアノの練習にあてたのでした。校長
室の隣のレッスン室にある、グランドピアノを弾く許可を最初の日にもらっています。もちろん、コンサートの
楽譜を握りしめ、レッスン室に入りました。「“みんなの知ってる楽しい曲 ”から始めよう。」一曲目 『カリ
ンカ』 この曲を最初に見た時、ミーオは飛び上がりたいぐらい嬉しかった !! 生まれた国の“ロシアの歌”だっ
たから。ダーヴィトおじさんが言っていた「音楽に国境はないんだよ。」本当だった! ミーオはあらためて、そ
う思いました。 ♪ カリンカカリンカ カリンマヤ 庭には苺 私のマリンカ エイ♪ 結婚式に歌われる曲、
苺は花嫁さん。ミーオは思いっきり楽しく、自分のピアノに合わせ、歌いまくります。まるで、ここはロシアみ
たい ! ルパシカ着てみんなが回りで踊っているよ。想像が膨らんでいきました。
*日本でカリンカは長い間ロシア民謡と、考えられてきましたが、実際には、作曲家・作家・民謡研究家のイワ
ン・ペトローヴィチ・ラリオーノフが、1860年に作詩 作曲した作品です。イワンの友人達により合唱団のレパー
トリーの一曲となってから、この「カリンカ」 は人気の歌となり世界に広がっていきました。気取らない可愛い
曲! “ カリンカ マリンカ ” それからずっとロシアの伝統的イメージ国民はロシア料理店やロシアの民芸品店
など、愛情をもって今もなお、店名にこの名前を使う事を好んでいます。*
「いけない ! いけない ! 次の曲にいかないと。えーっと、次は ? 」楽譜をめくると、『野ばら』でした。
……と、その時 トントン トン 廊下側の扉がノックされます。そして、スーッと開いた隙間から、リヒャル
トの顔が。「一緒に歌っていい ? 」「もちろん。」 ミーオはリヒャルトを招き入れました。「『野ばら』、歌
うんだ。ウェルナーとシューベルトどっちにする ? 」答えは決まっています。二人揃って、「もちろん ! ウェ
ルナー !」ミーオがうっとりと、「シューベルトは好きだけれど、『野ばら』は絶対、ウェルナーなんだ。」す
ると、リヒャルトも「僕も一緒。ゆ〜ったりしたメロディーが好き ! 」「うん。うん。」二人の意見がピッタリ
合いました。「ぼくは、ソプラノ。リヒャルトは、アルトだね。」レッスン室に、二人の二重唱が美しく広がり
ました。「リヒャルト、いい?」「なに ? 」「ここと、ここと、ここ。ちょっと、リヒャルトとぼくの声がずれ
てたよ。もう一回やり直したい。」 「えっ ? 本当、そうかなぁ ? じゃぁ、やり直そう ! ミーオ、凄い !
分かるんだね。」「うん。ぼくの耳には、ピアノとぼくとリヒャルトの声が、別々に聴こえるんだ。それでね、
ずれると何だか嫌なんだ。」「凄いね。」「そんな事ないよ。よーく、耳を澄ませながら歌うと分かるよ。」二
人は、もう一回、もう一回と、納得いくまで繰返し歌います。そして、最後には息の合った美しい『野ばら』の
二重唱が出来上がりました。ミーオは、ピアノを弾く手を休め嬉しそうにリヒャルトを見詰めます。リヒャルト
もミーオを見詰めます。深い深い暗褐色の瞳で。ミーオはその瞳の中に吸い込まれていきそうになり、「恥ずか
しいから、そんなに見詰めないで。」ついちょっと、乙女チックな言葉を言ってしまいました。「しまった ! 」
リヒャルトはそんな、ミーオの心を読み取ったように、「ミーオは、とってもきれいだね。初めて会った時、女
の子かと思って一瞬息をのんだ。」ミーオの心臓がドキン!と、鳴りました。そして……、隣の校長室で、二人の
歌と会話を聞く人物が二人。校長先生とアンナです。レッスン室への扉を少し開け、聞き耳を立てています。ア
ンナは、小声で、「リヒャルト、とても楽しそう。今の時間は図書室で、難しい本を読んでいるのに。レッスン
室に来るなんて、ミーオの事が気に入っているのね。女の子みたいだなんて〜、やっぱり彼の目鋭いわ ! 本物を
見抜く目ね。」 校長先生は、ヒヤヒヤです。「絶対にバレてはいけない ! ミーオ、がんばれー。」
そして……、レッスン室。「リヒャルト、こんな坊主頭の女の子なんていないよ。」「ふふっ。」リヒャルトは
吹き出しながら、ミーオのジョリジョリの髪をごしごしこすります。そして、「ミーオは、こんな坊主頭は似合
わない。もっと、長い髪形の方がピッタリだよ。」この言葉にミーオは完全にノックアウト! 返す言葉を失って
しまいました。……と、トントン トン廊下側の扉が開き、フィリップ、マグヌス、フェリックスが顔を覗かせ
ました。
フェリックスは、ぷんぷん顔で「リヒャルト、ずるいよ。一人でミーオの所へ行くなんて“一緒に行こうね”っ
て、約束破った。」「ごめん。おいでよ、一緒に歌おう。」「何、歌う ? 」「コンサートの2部、練習してい
い ? 」「いいよ。ミーオ、今日テストだし。しっかり覚えないと。」「2曲目まで終わったから、次は3曲目。
『ヨハン大公のヨーデル』みんなが、大好きな曲。ヨーデルの所、誰が歌う ? 」フェリックスが、浮かれながら
「♪ヨホ ヨホホホホー ホヨホホホ ♪」でも……「僕はアルトだから、無理。フィリップが歌う? 」フィリップ
はマグヌスを見詰め、「マグヌス、一人でやってみたら。今なら出来そうだよ。僕、手を繋いでいてあげる。ミ
ーオが言っていただろう、目の綺麗な男の子は歌も上手だって。」
マグヌスは少し考え、「やってみる。」「じゃあ、決まり! 僕とミーオがソプラノ。リヒャルトとフェリックス
がアルト。超高音のヨーデルはマグヌス。ミーオ、伴奏もお願い。」「うん、いくよ。」ミーオはマグヌスの瞳
を見詰めながら、前奏を弾きます。マグヌスのチクチク瞬きが無くなりました。ほっそり、目を狭め嬉しそう。
合唱が始まるなり、レッスン室はチロルの山麓に早変わり。5人全員が羊飼い、ゆーったり草原に歌が、マグヌ
スの裏声が4人の歌に重なり響きました。再び、隣の校長室。 アンナは、「マグヌスがヨーデル歌っている。一
人で ! 校長先生、私、嬉しい。綺麗なソプラノが響いているわ。」「ああ。マグヌスの声、ソリストにふさわし
い美しいハイソプラノなんだよ。でも、恥ずかしがり屋で、上がり症。それを克服出来れば、立派なソリストに
なれる。フィリップも14歳になる。変声期が迫っている。次のソリスト候補、ペーターだけでは心配でね。誰が
マグヌスの隠れた才能を引き出してくれるか、待っていたんだよ。まさか、ミーオがその役目を果たしてくれる
とは ! 」 ミーオが一人で始めたピアノレッスン。大きな、収穫をもたらしました。“明日も又、何かいい事が
起こりそう ! ”アンナの胸が、わくわくしました。
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