ウィーン少年合唱団の学校、高い塀が続いています。 “ 関係者以外立ち入り禁止 ”と、書かれた入り口の
前で、ユリウスは勝手に入ってもいいものかどうか、迷っていました。
レースの巾着のバッグの中には、校長先生への手紙が入っています。
「あのう、何か ? 」うしろで声がしたので振り向くと、若いシスターが 「あら、ミーオ君のお母様 ? 」
ユリウスはホッとして頷きます。そして、口に手をあて首を振ります。
「はじめまして、私は寮母のアンナです。アマーリエから聞いています。きっと、挨拶に来られるだろうって。
あなたの事情も分かっています。気になさらないで。さあ、どうぞ。」
アンナはユリウスを学校のそして校舎の中へ招き入れてくれました。
「ここでは娘さんのお名前はミーオ君、でも、お母様とお顔そっくりですね。すぐ、分かりました。 今、中庭
でみんなと合唱の練習中です。」
アンナは、廊下の窓を開けます。そこには、ウィーン少年合唱団全員が並んで楽しそうに歌っている姿がありま
した。
ユリウスはその中の一人、娘を見つけてびっくり ! します。 腰近くまであった長いブロンドの髪が無くなり、
ミーナは坊主頭に近い短髪の男の子になってしまっていたのです。息を呑み込んでしまい、”あぁ、いずれ分か
るにしても、アレクセイを連れて来なくて良かった ! ” と、ふぅっ・・・ 小さくため息をつきました。
「びっくりされたでしょう。髪の毛、短くなってしまって。でも、本人は案外平気みたいですよ。
今、指揮を振っているのが担任のヴィルクリヒ先生、彼はミーオ君の事がお気に入り。もちろん、生徒達ともす
っかり仲良くなりました。」
「ヴィルクリヒ ? 」 ユリウスは、その名前を聞いて再びびっくり ! 指揮する、担任の横顔に注目します。そ
の男性はゼバスにいたヴィルクリヒ先生とは、全く別人の若い先生でした。
“ 男子音楽校 ” “ 男装 ” “ ヴィルクリヒ先生 ”・・・ ユリウスは遠い昔を思い出します。そして、
今、同じ 環境の中に娘がいる ! 不思議・・・。
ユリウスは、楽しそうに男の子になりきっているミーナに、昔の自分を重ねていました。
『ミーナ、もしかしたら、この中にあなたの クラウス がいるかも知れない。それは誰 ? その男の子を見付ける
事が出来る ? その子はきっと、ミーナを助けてくれる。そっと、見えない力で支えてくれる。』 そう思うと、
ユリウスは 何だかとっても、幸せな気持ちになれました。 『 一緒だね、ミーナ。頑張ってね。』
アンナは、ミーオの母親の表情を見ながら、『この女性もミーオと同じ魅力の持ち主だなぁ』 と、思いました。
「さぁ、校長先生の所へご案内します。」
アンナは廊下の一番奥の校長室へユリウスを案内し、「少し、お待ち下さいね。」と、一人部屋へ入っていきま
した。ユリウスは、ドキドキしながらも、息を整え、静かに待ちます。
扉が開いて、アンナは「どうぞ。」と、部屋へ案内します。そして、ニッコリ「ごゆっくり。」と出ていきまし
た。
校長室へ導かれたユリウスは、シュニット神父に一歩近づき、そして、両手を胸にあて深く頭を下げます。
シュニット神父はユリウスに歩み寄り肩を寄せ、ソファーへそして、二人並んで座る様、促しました。
神父は優しく、ユリウスが胸にあてている手を取り、膝の上で握りしめ、顔をのぞきこみました。「思い詰めた
顔をされていますね。はじめまして。校長の、ヨーゼフ シュニット です。ようこそ、ウィーン少年合唱団へ。
娘さんが、心配で来られたのですね。痛いほど、気持ちは分かります。」
ユリウスは、手を口にあて首を横に降り、メモを神父に渡します。
“訳あって、話す事が出来ません。突然の訪問お許しください。ミーナの母親、ユリウス ミハイロワと、申し
ます。娘の事でお願いにまいりました。”神父はそれに目を通し頷きます。ユリウスは安心して、神父の目をし
っかりと見詰め、手紙を手渡しました。
シュニット神父はそれを受取り、優しく語り始めました。
「昨日、アマーリエがここを訪れ、あなたの娘さんの事を熱く語ってくれました。娘さんのここで、歌を学びた
い心は本物です。
私は、彼女の気持ちに答えたいと思い、入学を受け入れる事にしました。
でも、古いしきたりにより、ここは女の子を受け入れる事が出来ない学校なのです。
そのため、あなたの娘さんは、身も心もこの6日間男の子になろうとしたのですね。
ミハイロワさん、あなたにもこの秘密絶対に守って頂きたいのです。」
そう、言いながらシュニット神父は、ユリウスの書いた手紙を読みます。
その手紙には・・・『 突然の娘のわがままで、とんでもないことになってしまった…、詫びる文章から始まり、
それでも親としてはそんな娘を応援してやりたい。テストも見事、合格して舞台に立つ喜びを味わわせてやりた
い ! 』 ミーナを愛する心が一杯詰まった、内容でした。
シュニット神父は、「昨年、少年合唱団の応募をしました。24人中、見事12人が合格 ! そして、少しずつ人数
が 増え今、20人の団員になりました。彼らは、厳しいレッスンを1年間こなしてきました。そのご褒美が16日
のコンサートです。ミーナさんに昨日お会いして、あなたの娘さんのひたむきな音楽への情熱は、団員達1年間
と同じくらい凝縮した濃いものだと、痛感しました。テストの結果次第で舞台に立つ事が可能なものになります。
期待を裏切る事はしません。約束します。娘さんの力を信じましょう。」
その言葉を聞いたユリウスは、満面の笑顔になりました。その笑顔を目の当たりにして、思わず神父は 「その
笑顔で、16日の舞台に立つ娘さんを、見守ってあげて下さい。」
そう言ったとたん、”しまった ! いつもの美人に弱い癖が出てしまった。ミーオ、お母さんの為にも、しっか 
り奮起して頑張るんだぞ。”と、心で叫びました。                     

ユリウスが学校の門を出ると、後ろから声が。「ミーナのおばさーん ! 」 振り返ると、ユーベルが駆けてき
ます。
「ぼくね、ここのずーっと向こう側の裏口から出た来たんだよ。アマーリエさんと約束したんだ。ミーナのご両
親が心配されているから、安心してもらえるよう何か考えること。それでね、毎日ここへ来てアンナさんに昨日
のミーナの様子を聞いて、おばさんとおじさんに報告しようって ! おばさんも心配で、ミーナの様子を見に来
たの ? 」
ユリウスは思わず心の中で叫びます。”何て、素敵でこころ優しい小さな紳士 ! ”ユーベルを強く抱き締めます。
ユーベルの体の力がスーッと、抜けます。「いい臭い、これがお母さんの臭い ? いいな、ミーナはいつもこう
してもらっているんだ。」そう思っていると、ユーベルの耳に、「ありがとう。」ユリウスの声が… 「えっ ?
おばさん、しゃべれるの ! 」
それ以上にびっくりしたのはユリウスです。喉に手をあて、“もう一度、もう一度、話せる ? ”でも、だめで
した・・・
動揺しているユリウスにユーベルは 「おばさん、焦らないで。ぼく、誰にも言わない。でも、近いうちにお話
しできるようになると、思う ! 絶対。おばさんの声、ミーナにそっくりだった。」
ユリウスは再び、ユーベルをしっかり抱き締めました。ユーベルの体の力が再び抜けます。そして、小さな声で
お願いするのでした。「ミーナのおばさん、今日一日、ぼくと一緒にいてくれる ? 」 ユリウスは、優しくうな
ずきました。
ユーベルはその後、ユリウスにお昼をおごってもらい、ホテルのお部屋で沢山お話しを聞いてもらい、ユリウス
の膝枕でお昼寝。3時のおやつは、ユリウスがお土産に買ってきた蜂蜜たっぷりのレモネードを作ってもらいま
した。
ユーベルは、幸せ一杯薔薇色の一日を、過ごしたのでした。