ユリウスが最期まで大切に身に着けていたゲオルクスターラー。
遠い昔、初恋の人への思いが叶うように…と、お母さまから譲り受けた宝物が、巡り巡って私のもとに戻ってきた。
初恋の人はお母さまとともに天に召された。その事実をなかなか受け止めれずにいたあの頃の私。母を亡くして悲し
むあの子の気持ちに、心を寄せることができなかった。それなのにあの子は、私に生きる希望をくれた。けれど、私
があの子にできた事といえば、お母さまの大切な形見を渡せたくらいだった。
その後、あの子はこのレーゲンスブルクを去り、遠い異国の地で愛する人と結婚し、そしてその夫と死別した。
…あの子も今は天に召され、離れ離れになっていた最愛の夫と再会し、穏やかに幸せに天国で暮らしていることだろ
う…。
私は幾つもの出会いと別れを経験してきた。
初恋の人と出会い、お母さまとユリウスに出会い、そして今、思いがけない人と出会った。
彼はあの子が通っていた音楽学校の先輩だったらしい。
彼は学生時代、あの子を想っていたようだ。十数年ぶりにこの街に戻ってきた記憶喪失のユリウスと再会した時、あ
の子の変貌ぶりに内心驚いたはずなのに、昔と変わらない態度で接してくれた。その彼に、あの子は徐々に心を開い
ていった。彼の人柄がそうさせたのだろう…。
ユリウスを亡くして悲しむ私に、彼はさりげなく寄り添ってくれた。
少し強引に我が家に押しかけ、居ついてしまった居候の彼。
もう二度と恋愛などしないと思っていた。初恋の人を愛しすぎてしまっていたから…。
今になって、まさか恋愛するなんて!そして結婚するなんて!
あ母さまとユリウスが巡り逢わせてくれたのかもくれたのかも知れない。
二人が最期まで大切にしていたゲオルクスターラーが、私に幸福をもたらせてくれた。
二人から託された大切な宝物。
いつか、このゲオルクスターラーを譲る人が現れるその日が来るまで、大切に、大切にしていこうと心に誓った。