なつ様
深夜の寝室。
少女の伯母は椅子に座り、1枚の写真を手に、そこに写る二人の人物を見ていた。
幸せそうに見つめ合い微笑む二人。
――良かったわね、ユリウス。愛する人と再会できて、こんなに幸せそうに笑うことができて……。
妹の幸せそうな表情。
思えばロシアから帰国後の彼女は、ただ呼吸をしているだけの存在だった。精神の活動は止まっているかのように、全く感
情も無く抜け殻のような姿だった。
そんな妹を心から理解することができなかった。
妹のあるがのままの状態を受け入れることができず、時々イラついたりもした。
いや、強がっていたのだろう。男と偽って生きていくには、虚勢を張れなければ生きていけなかったはずだ。
人知れず涙を流し、流した涙を隠して生きていくしかなかったのだろう。
あの子の人生は、一体何だったのだろう?
財産目当てで男として育てられ、全く自分の意思がないまま生きてきた。
多分、お母様のために自分の人生を犠牲にしたのだろう。
お母様にそうさせたのはお父様が悪かったのでしょうけど、あの子には何の罪もない。
かわいそうに……。
何も気づいてあげられなかった。
そして、このレーゲンスブルクに来て運命の人とめぐり会った。
「オルフェウスの窓」の伝説に導かれ、悲劇に終わると予感しながら、人生を懸けその恋に殉じた。
でも、この写真に写る妹は、本当に幸せそうだ。
アーレンスマイヤ家にいた時には1度も見たことがないくらい幸福な笑顔。
短い結婚生活だったと聞いたが、本当に幸せだったのだと想像できる。
夫が言っていた。
「ロシアではいろいろなことがあったようだけど、辛いことばかりではなかったようだよ。ユリウスは心から愛する人と幸
せに暮らしていた。それは紛れもない事実なんだ」
姪が妹と同じような無邪気な笑顔を見せながら付け加えて言った。
「伯母さま。私ね、お母様に抱かれたことがあったの。生まれたての私を抱っこしてくれたのよ」
ああ、それを妹が知ったらどんなに喜んだことか!どんなに慰めになったことか!!
生きている間に、マリアを妹に会わせてあげたかった。
妹が亡くなって以来、なるべく彼女を思い出さないようにしていた。
故郷に戻ってきた時の姿があまりにも痛々しく、けれど自分では彼女を救ってあげることができなかったからだ。
今しがた聞いた、夫や姪の話を反芻する。
……そして今、穏やかな気持ちで妹に語りかけられる。
ユリウス
今、天国にいるのよね。
最愛のだんなさまとは再会できた?
あなたの大好きなお母様とは会えた?
きっと今があなたにとって一番安らかな時なのでしょうね。
今まで大変な人生を歩いて来たんですもの。ゆっくり休むのよ。
マリアは大丈夫よ。
あの子はあなたに似て、繊細な面もあるけど芯は強い子だわ。
私たち家族があの子を幸せにするわ。
あなたの分まで、必ず。
写真を机の上に置き、少女の伯母は自分自身を納得させるかのように一つ頷くと、写真の彼女に微笑んだ。
明日からは妹の思い出は、笑顔で語ることができると。