希望・・・ ? て ?



【 1 】


鈴さま:作



スイスのローザンヌ、美しいレマン湖畔に ウシー≠ニ、いう町があります。                     
                         ローザンヌ駅からレマン湖へ真っ直ぐにのびる道を一人の少女が歩いています。
名前はミーナ 、ミハイロフ家の一人娘。夕食に使う野菜のお買い物の帰り道。肩から斜めがけにかけた大きな皮のザックの中
には、ビーツ、トマト、人参が !
「偉いね。いつも、お買い物。」おばさんはいつもそう言って、オマケしてくれます。今日は、オレンジ ! ミーナは、ニコニ
コ、ニコニコ。「この道を真っ直ぐに下って行けば、ウシーの町、私の町。もうすぐ。」自然と足が早足に。
道が湖に突き当たりました。ミーナの家は右へ曲がります。でも…。                          
ミーナは高い堤防の上に立ち深呼吸下を見下ろします。急な階段が8つも !
「もう…。大きな階段、気を付けて。」自分に言い聞かせ、右 左 気を付け。一段ずつ足踏みしながら慎重に降りて行きます。
チビッ子のミーナは 「 ア〜ァ、背が高くなりたい。」そう、思います。
やっと、下まで降りると、ザックを階段の隅に置き、湖の波際へ駆けて行きます。
「今日は風がないから波も静かね。だから探しやすい ! 今日も3つ。」
波を見詰めます。ザワザワザワ…。波と一緒に綺麗な小石が打ち寄せられます。  
ミーナはこの綺麗な小石を集めているのです。大きさは親指大、まあるくて、皺がなく、いろんな色。手が汚れないように、木
の破片を持ち波打ち際へ。小石を探り、「やった。1個 見っけ! 」素早く、お目当ての石を摘まみました。真っ白な石。ミー
ナは駆け足で階段のザックの横へ置き、又 波際へ。目を凝らし、「今日は凄い。二個目 見っけ ! 」今度はベイジュ色、摘ま
んで目を近付けると縞模様。「素敵。お洒落ね。」急いでさっきの石の所へ。
再び、波打ち際にもどり。木の破片を水に浸け砂を擦り幾つもの石を、目に近付けては捨て、繰り返します。「もう、駄目 ? 」
諦めかけた時。その石が砂から顔を覗かせました。ミーナは素早く、波に拐われないよう 石を水しぶきをあげ摘まみ上ました。
「緑色。お母さんの瞳と一緒。」叫びながら、階段へ駆けて行き、 “ ドサッ ” と腰掛けます。
ハンカチで砂を払い、反対の肩に掛けている小さなポシェットから、巾着を。中には今まで集めた沢山の小石が。その中へ、今
日の3つも入れます。「これで、完成出来る。」
巾着をポシェットへ、ザックを反対の肩へ掛け急な階段を右 左 気を付け。足踏みしながら登って行きました。「さぁ、帰ろ。」
道を家の方へ曲がりました。
湖辺りの道、1つめ、2つめの曲がり角を小高い丘へ登ります。ここからは、林道。サクサクサク 落ち葉を踏みながら進むと締
め突き当たり。そこを曲がればもうすぐ。はい ! 着きました。

そこには家が2軒あります。道のレマン湖側には、白雪姫の7人の小人が住んでいる様な小さな可愛い石造りの家。
もう一つは、道の突き当たりに大きな門構えを持つ。そして、まるで おとぎの国のオーロラ姫が眠っている様に つるばらがお
屋敷を囲み がっしりした2階建ての。まるでまるでお城みたい ! ロマンティックなお屋敷。
小さい方の家にミーナが住んでいます。
もう一軒のほう? そこには、オスカル アンドレ夫妻が仕事を離れ、ゆっくりくつろげるセカンドハウスとして暮らしています。

今は、11月。8月に8歳になったミーナがここへ引っ越しをして1年がたとうと、していました。
ずっと離ればなれだったお母さんのユリウスにやっと会えたのがドイツのベルリン。そして、ユリウスの実家アーレンスマイヤ
家の あるレーゲンスブルクへ。小さなアパートで三人の新しい生活を始めようと時、ダーヴィトおじさんが。
「外国人が長く住んでいくのにとってここドイツはこれから危険な国になっていく。安全に安心して暮らしていける国へ移り住
んで欲しい。」
そう言って、おじさんの今は亡きお祖父様のスイスの別荘をプレゼントしたい。そこで住んではどうか ? と、提案します。
何故ならば、ミーナのお父さん アレクセイはロシア人。ミーナはロシアで産まれ育ったのでした。
ダーヴィトおじさんの言葉には熱い熱意がありました。そしてミーナはおじさんがお母さんを見詰める、優しく包み込む様なま
なざしに“ あぁ、ダーヴィトおじさんはお母さんの事がとても大切なんだ。やっと会えたお母さん、大好きでとても大切。 私
と一緒 ! ” そう、思い叫んだのでした。「私、スイスに住みたい ! ! 」遠慮して 迷っていた両親の心が決まりました。
ダーヴィトおじさんは、すぐに。今、お隣に住んでいるオスカルに相談し、ミハイロフ一家のスイスで暮らす為の永住権も取っ
てくれました。

そして・・・、今があるのです。                                            

垣根に囲まれたお家。玄関は北向 “ カサカサカサ ” 門を開けるこの音 “ 可愛い ” にっこり笑い、中へ。“ カサカサカ
サ ” 閉じる時もやっぱりこの音。
ミーナは扉のノブに手を掛け目を閉じ思い出します。親子三人で初めてここへ来た1年前のあの日を。 

お父さんのアレクセイは鍵を取り出して、鍵穴へ。慎重にゆーくっり回します。 カチャッ≠サの音を聞いて三人の息が“ フ
ーッ ”と、重なり合いました。
“そーぉっと”開けて中へ足を踏み入れると、明るい日差しが降り注ぐお部屋がありました。1歩 2歩 3歩 奥へ進み…。  
  台所と食堂と居間が一緒になった広い部屋の真ん中に立ち、アレクセイは叫んだのです。
「なんて、住みやすそうな 暖かい 温もりを感じる部屋なんだ。」顔は、満面の笑顔 !
部屋を見渡すと…。
南向きの正面には、大きなガラスの扉 。 向こう側に裏庭、こちら側にアーレンスマイヤ家のグランドピアノ。
頑丈そうな木の梁 桁と柱が沢山、そこにはお洒落なフックが幾つもついていて。
壁には棚と本棚が一面に。
グランドピアノの北側 玄関側に、暖炉 小さな机 それを囲んでソファー。
部屋のあちこちに スツール、いろーんな形。“ 使い方は 新しい住人にお任せ ”そんな感じね。
天井からは幾つもの豆電球が本当に配置よく。それは 夜になり分かりました。お部屋全体に点けるとぱぁーっ ! と、朝日の様
に 明るく元気なお部屋になります。コーナーごとにそこだけ点けると、包み込む様にその場所に優しい空間が現れるのです。
それが大きな部屋の東。
西側は、台所 それに続き、食堂のテーブル。

長い間、空き家だったなんて 信じられない。
ダーヴィトのお祖父様が昨日までここで暮らしていた。そんな感じがします。
そして、「ようこそ。」ふっと、声がした様な !

「アレクセイ ミハイロフです。」「ミーナ ミハイロワです。」アレクセイがユリウスの肩に手を掛け引き寄せます。ミーナが
「お母さんのユリウスです。」
「はじめまして、よろしく お世話になります。」アレクセイは心を込め そう、挨拶。

ミハイロフ一家のスイスでの新しい生活が始まったのです。
ミーナの心の中はワクワクで一杯。でも…、寂しくて 辛くて 悲しくて 苦しい現実が待ち受けていたのでした。しかし、ミー
ナはアレクセイの娘 ! お父さんゆずりの “ 鋼の心”で 乗り越えました。
7才の少女は8才になりました。スイスへきて1年が過ぎたのです。8才になったミーナは毎日、楽しい生活を送っています。

ミーナはノブに掛けた手を離し目をそっと開け「まだ早い。夕方までは時間がたっぷり、お家に入るのは後にしよう。」垣根越
しに狭い道を奥へ進みます。
・・・と、素晴らしい光景が !                                             
小さい裏庭。1年前は雑草がぼうぼうと生えていました。今は、ユリウスが丁寧に可愛い草花を残し背の高い雑草を抜き、花の
種を蒔きハーブと野菜の苗を植えアレクセイと一緒に裏山で拾ってきたゴツゴツ石で囲み花壇作り。可愛い庭が出来上がりまし
た。
そして、垣根の向こうには。レマン湖がキラキラ 輝いています。

ミーナは1年前、両親とここへ引っ越しする直前にスイスにダーヴィトおじさんと日帰り旅行しました。ダーヴィドがミーナだ
けにどうしてもここスイスで会わせたい人物が二人いたから。一人はここウシーで、もう一人は スイスの首都ベルンで。その出
会いは、ミーナにとって素晴らしいひとときとなりました。その時、この別荘に立ち寄り、草の生い茂ったこの庭でユリウスの
作ってくれたお弁当を昼食に頂いたのです。
「おじさん、ピクルス 美味しい ! 美味しい ! って喜んでくれた。“ お母さんが作ったのよ。” って言ったら、これは世界一
のピクルスだ ! なんて。サンドイッチもモグモグ バクバクお口に一杯入れてた。面白かった。いつも、お澄ましのおじさんな
のに。」
ダーヴィトおじさんとの二人っきりの旅行、ミーナは緊張でドキドキでした。でも、途中からは、楽しくって ずっと クスクス
笑ってばかりでした。
その時、ミーナはおじさんから、別荘をお祖父様と作った時のお話を沢山聞きました。
「ここウシーはね、お祖父様が“ 世界一美しい町 ”と言っていた所でね。二人で夢が一杯詰まった別荘にしようって 細かい所
まで時間を沢山掛け色々考え抜いて建てたんだ。」

ラッセン家でダーヴィトは小さい時から一人浮いた存在でした。幼い頃から大人びて、冷静で。哲学専門の大学教授だった祖父
はそんな彼の良き理解者、たぶん 両親よりも。ダーヴィドにとって、仕事の合間に世界中を旅していた祖父の話はそれはそれは
面白く、二人は仲を深めます。
ダーヴィトがゼバスに入学したお祝いに、夏休み。祖父はダーヴィトをスイス旅行に誘いました。そして、ここウシーに別荘を
建てる事にしたと、告げたのでした。
お祖父様はダーヴィトの夢を聞きます。若い孫の夢は毎年変わりました。でも彼が上級生に近づくに連れその内容はロマンチッ
クな物に変わっていきました。本物の大人の世界に足を踏み入れた孫。大学教授も定年を迎えたお祖父様はダーヴィドの将来の
夢に自分も加わり美しい町に建つ別荘で共に暮らしたいと、思ったのでした。
孫の語る恋の話はまか不思議

「心引かれた子、やっぱり女の子だった。僕の小鳥。」
「頬っぺたを“ パシッ ”ってね、叩かれた。涙 流しながら、凄い目で睨むんだ。そんな彼女がいとおしくて、好きになってい
く。」
「泣き虫でね。慰めたら、“ 好きだよ。ダーヴィド ! ”“ いいんだよ。”そう、答えた。その子の好きなのは僕じゃないん
だ。」

「カーニバルで、クリームヒルトを演じるんだ、ドレス姿見とれた・・・」

                                 「しょんぼりしているんだ毎日。その子の愛した相手が遠くへ行ってしまったから。僕の方を向いて欲しい ! こんなに愛してい
るのに。」
「あのこの母親が亡くなった。遠くへ行ってしまった恋人のバイオリンを渡してやった。僕にはそんなことしか出来ないので。」
「彼女の精神がどんどん壊れていく。」
「今年のカーニバルでもクリームヒルトを演じた。でも、その姿が哀れで。もうすぐ、手の届かない所へ行ってしまう。」
組んだ両指を頭に乗せ涙ながらに語る孫
「ふれあいは幻想 自分のものでない魂の理解はあり得ない。幻滅 過酷 傷つき 失う。望まない 愛さない 感じない。この瞬間
の自分の生も期待しない。行方を失った魂は狂気の世界へ。それがわかっていても…人は愛し 希望し 感動せずにはいられない。
傷つくとわかっていても 魂は 傷つく ように できている と いう わけ だ… !」
そんな孫の、肩を背中を お祖父様は優しく擦ってやりました。
その日を境にダーヴィトは夢を語らなくなってしまいました。でも、計画通り別荘は出来上がっていきます。スイスにも来なく
なってしなったダーヴィト。結局、お祖父様は別荘に一人で暮らすことになりました。                  
     お祖父様が亡くなってもダーヴィドは別荘を訪れる事はありませんでした。
年月が流れ、女性はふるさとに帰ってきました。
レーゲンスブルクの町も お姉さまも 昔の友人も全て昔のまま、傷付いた心を包み込み優しく受け入れてくれました。偽の手紙
に誘き出され、失った記憶を求めて、罠にはまりベルリン運河に落ちた危機一髪を、直前に会ったロシア人オステン・ザッケン
男爵の機転で救われます。連絡を受けたダーヴィトはその女性 ユリウスの運の強さとベルリン警察の有能さに驚き喜びます。
記憶が戻り、気持ちも穏やかに、でも。首には痛々しい傷跡が…声帯が傷つき声を失ってしまったのです。そんなユリウスの元
に、ロシアから 亡くなったと思っていた 夫と娘が !
再会を喜ぶ家族にダーヴィドは大きなプレゼントを決意したのでした。
大急ぎで、スイスのウシーの別荘へ。
何年ぶりでしょう。家の中には、若かかりしダーヴィト青年の夢の世界が広がっていました。 
お祖父様の声が心に響きます。”夢を見るのは自由だよ。たとえ、現実が夢からどんどん離れていっても。夢を見続けようじゃ
ないか、ダーヴィト。”
ダーヴィトは叫びます。「最初の計画通りに出来上がった別荘。お祖父様はここを僕の名義にしてくれていた。壊さなくて良か
った。この家に夢を与えてやる事が出来る。本物の ! 」
居間と食堂を兼ねた大きな部屋の東側に扉が2つ。
南側の扉を開けると、子供部屋。女の子にぴったりのベッドに勉強机に本棚。絵本 名作集 図鑑が並んでいて。引き出しの中に
は、可愛い文具が。
北側の扉を開けると、夫婦の部屋。クローゼットの棚には、母と娘のドレスを作るにたっぷりのセンスのいい布地の反物が幾つ
も。ボタン レース 糸。かごにはシックな色の毛糸が山積み 棒張りセットまで。レース糸に鍵針セット。お料理の本に園芸の
本。ダーヴィトがえがいた優しい妻の世界がありました。
でも、どこを捜してもお祖父様の持ち物はありませんでした。
ソファーに座ったダーヴィトは机の上の手紙に気がつきます。そこには、
“ ダーヴィトが愛した女性がこの家に住んでくれます様に !
たとえ相手が君でなくても、私は大歓迎だ。
そして、彼女に娘がいれば。
その子はきっと、私と君の夢を希望を叶えてくれる ”
「お祖父様。やはり貴方は、僕の事を理解していてくれた。信じてくれてありがとう。」
「おじさん ? 」
大きな瞳がダーヴィトを覗き込んでいます。
「あっ、ごめん。考え事をしていてた。お話の続きだね。」
「うん。大丈夫 ? 目が赤い。」
「平気 ! 平気 ! ミーナ、何年もかかって出来上がったお陰で、お祖父様は年を取りすぎて、2年しか住めなかった。でも、とて
も幸せそうだった。手紙が届いた。“ 幸せだな。ここの暮らしは最高だ。”って。」
「ダーヴィトおじさんはどうして一緒に住まなかったの ? 」
「僕には愛する女性が出来てしまったから。マリアさ。彼女はレーゲンスブルクのお屋敷を守り続ける。一緒にいなきゃね。」
「私達が来たらお祖父様びっくりね。」
「大丈夫。祖父は亡くなる1ヶ月前に突然ラッセン家に戻って来て、息を引き取った。お墓も、ドイツにある。でも、旅行が好き
だったからね。もしかしたらぁ・・・、怖いかい ? 」
「ううん。ぜんぜん。」
「裏庭への出口、このガラスの扉はね。部屋に光りを沢山入れたくて、大きくした。設計士さんと大工さんと僕とお祖父様4人で
苦労して苦労して 捜して捜して“ やっとこれだ ! ”って 見付けた。あの頃は楽しかった。まだ、胸の中に夢が膨らんでいて。
ここから光が射し込んで、中にはお祖父様と僕の家族がいて。」
「えっ ? 」
ミーナに見詰められ、ダーヴィトは話を逸らします。
「“ジャポニズム” って雑誌があって、庭へ出る為の大きなガラスの扉が紹介されていた。」
「ジャポニズム ? 」「日本の文化だ。」
「開け方は引き戸。横に開ける扉。」「電車の扉みたい ! 」「あぁ。それ。」
「少し高さがあるから、“沓脱石” が必要。」 「沓脱石 ?」
「長方形の石、そこに乗って扉を開ける。日本人は綺麗好きだからね。その上に靴を脱いで置き、素足で家に入る。」
「綺麗好き? お母さんと一緒。」 「ユリウスと?」
「そおよ。ゴシゴシ 床を磨いて ピカピカにするの。お家の中のお仕事大好きよ。お掃除、お洗濯、お料理。」そこで、ダーヴィ
トは ぽーっと、考え事をします。                                          
「おじさん。お母さんの昔の男の子の時と今を比べているの ? どっちも好き ? 」
「勿論 ! ユリウスは両方とも大好きだ ! 」 「引き戸の鍵は ? 」
「あぁ。そうそう、長細い扉が2枚で 真ん中が重なって中心にネジ穴が。そこに相手の棒を差し込み 奥までねじ込んで終り。だ
からね。家の中からしか掛けられない。」「面白い。」
「家を長く留守にする時は、雨戸を閉めなさい。ちょっと、難しいからアレクセイに説明しておく。ジャポニズムは面白いんだ!
部屋は畳。扉は襖と障子 天井との間に欄間がある。これはもう、芸術品 ! 部屋の回りは縁側 ガラスの扉 庭は前栽。渋いんだ!
この庭が ! 」
ダーヴィトの話は扉のお話から遠退いていきます。 
「このおじさん、何者なの ? 」ミーナは首を傾げ不思議そうに見詰めます。
でも、その変わった言葉が一杯のお話が面白くてどんどんその世界に引き込まれて行きました。面白くって 可笑しくて 変な言
葉が出て来る度に、目をくるくる。くすくす笑ってしまう。何だか解らないけれど吹き出してしまう。楽しい ! 楽しい ! もっ
と 聞きたい !
「ん ? 退屈だったかな ? こんな話、ごめんね。」
「ううん、ぜんぜん 楽しかった ! すっごく ! もっと聞きたい。」
屈託なく笑うミーナの顔にダーヴィトは昔の幼き自分を重ねます。“ すると今の僕はお祖父様 ? ”
「今日はこれでおしまい。」 「おじさん、ここに来てね。」 「勿論、お邪魔するよ。」 「お祖父様のお話も聞かせて。」
「ありがとよ、ミーナ。亡くなった人のお話はね、とっても良い事なんだ。 話している人、聞いている人の心に 今は亡きその
人が生き続けるから。ずっと、忘れられる事なく。お祖父様の話 聞いてくれるんだね。おじさんも嬉しい。」
ダーヴィトは季節ごとに別荘に訪れてくれました。その日だけは両親も夜更かしを許してくれます。不思議な楽しい話が夜明ま
で お家の居間にあふれるのでした。
最後にミーナはおじさんにぴったりなドイツ民謡をプレゼントしました。その曲はダーヴィドも大好き、歌声に合わせハミング
します。周りの小鳥達も ♪ぴー ぴー ピピピピ チョンチュン チュンチョン ♪ 伴奏 おとぎの様な不思議な世界が広がりました。
楽しいひとときは終りを告げます。                                          
    ダーヴィトは垣根の扉を締め、チェーンを回します。「ここの3つの数字このメモ順に合わせると開くからね。」ミーナは小さ
なそのメモを大切にポシェットに入れておじさんを見上げ。
「おじさん、手を繋ご。お父さんとお母さんもいつも仲良しさんするのよ。」
ダーヴィトは左手を差し出します。でも、ミーナは右側に回り おじさんの右手を自分の左掌に載せます。「こうやって お母さ
ん、お父さんの痛めた指を擦ってあげるのよ。いつかバイオリンが思いっきり弾けます様にって。」「ミーナ おじさんのはも
う…」                                                      
  ミーナは優しく動かない2本を “ すーっ すーっ ”と擦り続けます。
「この薬指と小指も私の手を“ぎゅっ”と、出来ます様に。5本の指でおてて繋いでが出来ます様に。」ダーヴィドは上を見上
げ涙を堪えます。「幸せだから 涙は流さない ! この幸せが流れて行かない様に ! 」静かな時間が過ぎて行きました。    
   「はい、終り。続きはこんど会った時ね。」そう言いながら、人差し指と中指をギューっと握り、帰り道へ引っ張ります。
「ミーナ、落ち葉に気を付けて。滑らないように。」 「ダコー ! 」
「ミーナ、帰りはローザンヌ駅まで地下鉄に乗ろうね。」 「ダコー !」
二人はずっとお話をしながら帰っていきました。

あの日の事を思い出しながら、ミーナは大きなガラスの扉の前に。ゆっくり沓脱石の上に立ち両指で望遠鏡を作り、家の中を覗
きました。 「お母さん、ソファーで縫い物してる。」
振り返り石からゆっくり降り、レマン湖の方へ。湖を見渡せる様に置いてあるベンチに座りコートのボタンを留めます。心地よ
い風が頬を撫でます。「こうしてるの 大好き。」

レマン湖 アルプスの山 フランス。そのずーっと ずっと遠くに生まれた国ロシア。
そのロシアで面倒を見てもらった女性 リーザ。思い出がいっぱい。
「リーザさん、スイスに来てもうすぐ1年よ。」
呟きながらふるさとロシアを思い出すのでした。
ここに座ったら必ずそうします。
リーザの事もロシアの事も忘れない為に、大きくなってもずっとずっと忘れない為に。
ミーナは7年間ロシアにいた思い出を忘れたくなかったから。


2話は“ ロシアのお話 ” です。
ミーナ