再会・1

   薔薇のジャムは一晩にして、お父さんの胃袋に収まってしまい、ロシアンティーとして、 
 お母さんと一緒に味わう事が出来ませんでした。  
 毎日、幸せに暮らしている私の家族の中に、一つだけ、悲しみがあります。  
  それは、お母さんの声が出ない、という事です。お母さんはお話しが出来ません。  
  私達家族は半年前まで、別れ別れに、暮らしていました。お父さんと私はロシア、お母さ 
 んはドイツと…。 
 何故ならば、お父さんとお母さんは私が産まれてすぐ、離れ離れになって、しまったから 
 です。  
 そんな悲しいお話、聞いていただけますか?  









再会・2

    お父さんは遠い昔、革命家でした。                                                  
でも、私が生まれて、危険より安全を、民衆より家族を大切にしたいと、思い、革命家をや
めました。
そして、お母さんと出会う切っ掛けとなった音楽の道に進むため、今は亡きドミートリィお
じさんと同じモスクワ音楽院で立派な音楽家を目指し、6年間みっちり勉強したのです。
私が七つになった年、お母さんを迎えにロシアを後にしました。
ところが、私達がドイツに着く少し前、お母さんは悪い人に誘き出されベルリンへ、そし
てベルリンの運河へ突き落とされてしまったのです。
でも、命は助かりました。(よかった!)
ところが、首をとても強く絞められ、大量のお水を飲み込み、声帯がひどく傷つき、壊れ、
声を出す事が出来なくなってしまったのです。
一歩違いでドイツに入国した私達、間に合わなかった・・・!お母さんは声を失って、ベ
ルリンの病院に入院していました。







再会・3

 
  私達は急いでベルリンの病院へ向かいました。そして、お母さんのお姉様マリア・バルバ 
ラおばさんに病室へ案内してもらいました。
お母さんはベットの中から、無言で私達を見詰めています。『せっかく、会えたのに・・・
こんな姿でごめんなさい。』そんな、心の声が聞こえてきました。
お父さんは、『もっと、もっと、早く迎えに来ていたら!』と、自分を責めました。お父さ
んの背中、とても寂しそう。
病室は、とても悲しい色になりました。
一度は″死んでしまった。″と、思われていた私が、今、ここにいる意味が、その時、初め
て分かりました。
『今こそ、悲劇の二人の役に立ちなさい!』そんな声が、どこからか聞こえてきた感じがし
ました。
『でも、なんて言えばいいんだろう?お父さんを励まし、勇気を出してもらう言葉がわから
ない!どうしよう。どうしよう・・・』





再会・4

 
    私は、静かに目を閉じました。体がすーっと軽くなり、そして、不思議な力が胸の中に入っ 
てきたような?気がして、目を開けました。
自分では信じられないぐらい、難しい言葉を使って、お父さんを説得し始めたのです。
「お父さん、悲劇の陰には、必ずもう一つ幸せへの道があるよ! 悲劇に涙している限り、そ
の道は、見付けられない。生きている事に感謝して、、三人でその幸せを見つけて行こう!
お母さんは今、お話し出来なくても、いつかきっと、声が帰ってくる。そう思えば楽しみに変
わるよ!」
お父さんは私のお願い事に弱く、そして、単純です。
お父さんの目がキラリ!と、輝きました。
「俺はハガネの男アレクセイ。美しい妻と娘に世界一の幸せをプレゼントするぞ。」と!
マリアおばさんが私をギュッと、抱きしめてくれました。″不思議な…血のあたたかさ…″。
お母さんが懐かしそうにこっちを見ています。お母さんも遠い昔、こうしてもらったことがあ
るのね。言葉が話せなくても、目を見れば、今の気持ちが伝わって来る…。そう思いました。
その日から、退院の日まで私は、お母さんの病室にお泊まりしました。「会えて嬉しい!も
う、何処へも行かないでね。」





再会・5

  
    お母さんの声は戻らないけれど、体は少しずつ元気になって、病院のお庭を一緒にお散歩出 
来るようになりました。
お父さんは「11月になったから、咽を冷やさないようにしろよ」って、素敵な手編みのショー
ルをプレゼント。
ナイトドレスの上にショールを巻き、私と二人で歩いていると、みんなが私達を振り返るの
よ!だって、お母さん、とっても綺麗だから…。
マリアおばさんがお見舞に来てくださいました。
「ビックリした。なんなの、一体、これは?」
お父さんが毎日、毎日、お花を買ってくるので、病室がお花畑。
「ユリウス、愛されてるのね。」
おばさんは、入院中のお母さんの身の回りの世話を優しくしてくださいます。 髪をといて、
身体をきれいに拭いて、そして、咽にやさしいゼリーやプリンのお見舞も。
お母さんの心強い、お姉様です。
そして、「もうすぐ、退院ね。お祝いのプレゼントよ。」って、大きな包みを置いて、帰って
行きました。