Die Harmonie 続き


 夕飯はビーフストロガノフにした。奮発してほんの少しお肉を買って入れた。                                            
 デザートはプリャーニク。見よう見まねで作ったので形が今一つだったが、初めて作ったわりに美味しく出来た。
 ズボフスキーから貰ったワインで乾杯した。

 ささやかだが、アレクセイの誕生日を2人で祝えたことが嬉しかった。

 「今まで誕生日を祝ってもらったことなんてほとんど無かったからな…」
 アレクセイは少し照れたように言った。
 「音楽学校の時は?友達にお祝いしてもらったことはなかったの?」
 「ああ…まぁ、街に出て飲んだくれたことがあるくらいかな?…そうだ、思い出した!ダーヴィトがみんなをけしかけて、おれ
 の誕生日パーティーをしてくれたことがあったな」
 「そうなんだ!ぼくはそのパーティーにいたの?」
 無邪気に聞いて来るユリウスを見て、アレクセイはズキリと心が痛んだ。
 当時の事を思い出し、彼はずっと胸に抱えてきた苦い痛みを吐き出した。

 「…いたよ。音楽室の片隅で、ダーヴィトやイザークたちの演奏に合わせて歌を歌ってくれた。その時はもうおまえが女だと知
 っていたから、おれはおまえを避けていた。それをおまえは敏感に感じ取っていたんだろう。遠慮がちにおれを見ながら、でも
 視線が合いそうになるとすぐ目を伏せてしまった。…みんなが祝ってくれて嬉しかったけれど、あの時、おまえのまっすぐな気
 持ちをそのまま受け止められなくて…それに、結構そっけなくしていたから、随分傷つけていたと思う。ずっと心にしこりが残
 っていた…」
 苦しそうな表情で、一気に吐き出すように語るアレクセイに、ユリウスは下を向いて小さく首を振った。
 「ずっと気にしていてくれたんだね。その時の事は覚えていないけど、でも今日みたいに大好きなあなたの誕生日をみんなでお
 祝い出来て、すごく嬉しかったんだと思う。…だから、あなたが…」
 ユリウスの言葉を最後まで聞かず、アレクセイは彼女を抱きしめた。
 見上げたユリウスの唇に優しく口づける。

 唇が離れ、ユリウスは15歳の少女のように微笑んで言った。
 「ねぇ、まだぼくに悪いと思っているのなら、謝る代わりにして欲しいことがあるんだけど…」
 「なんだ?」
 彼は優しい瞳で聞いた。
 「今日、市場に行く時に聴いたメヌエットを弾いて欲しいんだ」
 「そんなことでいいのか?」
 アレクセイは拍子抜けしたように言った。
 「うん!あなたのメヌエットが聴きたい」
 
 アレクセイはバイオリンを取りだし調弦すると、ビブラートをかけずに弾き始めた。
 
 −きっとバイオリンを習い始めた頃のような弾き方なのだろう。時間も忘れるくらい夢中で弾いていた子どもの頃の彼…。
 ユリウスはアレクセイの音を聞きながら、7歳の彼を重ねていた。

 短い曲はあっという間に終わり、彼はもう1度同じ曲を弾いた。
 次はビブラートをかけ、ずっしりと心に響く大人のメヌエットを。
 彼女も心の中で旋律をなぞった。
 
 最後の音が余韻を残している中、アレクセイはバイオリンを置き、再びユリウスを抱きしめた。
 「ありがとう、ユリウス」
 「あなたの誕生日なのに、素敵なバイオリンを聴かせてくれて、ぼくの方こそありがとう!」
 今度は25歳の大人の女性の頬笑みを見せた。

 アレクセイの心に刺さった棘と苦い痛みは消え、嬉しかった思い出だけが新たに記憶された。

 「今日が1番幸せな誕生日だ!」
 少年のように笑う彼を見て、ユリウスも彼以上に幸せを感じた。

 テーブルの上にバイオリンを残し、2人は寝室で甘い音楽の続きを奏でた。

ENDE



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*写真はフリー素材をお借りしました。(管理人)